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「今日はコオロギでパーっと行くぞ、ぐらいのほうがいいじゃないですか」

小祝:多岐にわたる活動の数々ですね。そこにいたるまでがとても気になります。少年時代みたいなところから…

山口:少年時代ですか(笑)

小祝:どんな幼少期を過ごされたんですか。

山口:そうですね…いわゆる一般的な子どもだったとは思いますが。転機というか印象的だったことといえば、生まれは千葉県の船橋なんですが、幼稚園から小学校に上がるくらいの短いあいだ、父の仕事の関係で、家族で福井県に住んだことがあるんです。ちなみに母は日本酒が好きなんですよ。ものすごく飲むというわけではないのですが。そのときちょうど「黒龍」などの地酒が話題になっていたときで「黒龍」が買えるということに母がとても喜んでいたんです。それはとても印象的でした。その「黒龍」って日本酒はおいしいんだな、みたいなことを幼少期のころから思っていました。まだ飲めないからこそ、その記憶がいまのお酒に関わる仕事につながっているのかもしれないと思います。

小祝:虫採りなんかはしていないんですか。

山口:虫は好きでした。いまも好きですが、幼稚園のころのあだ名が「虫博士の助手」だったんですよね。

小祝:助手(笑)

高崎:いるんですね、歩夢くんの上が(笑)

山口:ひとりすごい虫博士がいたんです。で、僕はだいたい2番手なんですよね。いまにも少しつながるものがあるというか。

島野:船橋に虫ってそんなにいましたか。

山口:幼稚園の隣が梅林だったんです。それでいろんな虫がいたのと、ムシキングのブームが起きて、小学校高学年のときにはヘラクレスオオカブトを飼っていました。ブームの影響もあって、周りにもけっこう飼っている子がいたんです。誕生日プレゼントで親に幼虫を買ってもらって、雌雄ペアの幼虫をゆっくり育てて、立派な成虫に羽化させて。それには感動がありましたね。

島野:すごい。

山口:うちは何代かに渡る建築家の家系で、高校に入学したときにはなんとなく建築のほうを目指していたのですが、生物の先生がおもしろい方だったので、生物にのめりこんでしまって。大学受験のときには生物学科のある学校を目指していました。同時に、料理が好きなこともあって、調味料に凝っていたことと、ちょうど『もやしもん』の漫画のブームもあって、お酒づくりも楽しそうだなと思いまして、農大の醸造科学科にも興味を持ちました。いろいろ迷ってはいたものの、志望校を決めたきっかけがあって、センター試験の前日に放送していた「カンブリア宮殿」で「獺祭」の「旭酒造」が取りあげられていたんです。まだ「獺祭」の名が売れはじめたころ、2014年でした。それを見た瞬間に、本当に醸造という世界には可能性、未来があるなと思って、そこで決意したんです。「獺祭」が僕を変えたきっかけでもありますね。

小祝:ではそこからお酒のほうへ進んでいったんですね。

山口:そうですね。お酒や発酵・醸造の道ですね。

小祝:農大の醸造科というのはどういう研究をするんですか。

山口: 1年生のときは基礎の科学、生物から始まります。2年生では少し専門性を帯びてきて、日本酒やワインの作り方の授業や、2年後期には、麹という生物とその使い方についてを科学的に学ぶという授業と、実際に調味料を作る実験実習があります。3年生になると、みんな20歳を越えて飲めるようになるので、お酒を作る実験実習があります。3年の冬には希望者を募って、蔵へ実習に行きます。僕は調味料の研究室にいたんですが、実習は味噌屋さんに行って味噌を作りに行きました。その研究室は人の舌の構造で味覚の研究をしていたんですよ。味覚は奥が深いうえに、知れば武器になると思って、ずっとその研究室にいました。

小祝:卒業後はどうされたんですか。

山口:大学院に進みました。院に進んでからも研究は続けていたのですが、大学生のときよりも暇な時間が多いんですよね。その時間を使って、たとえば三軒茶屋やパリで展開している日本酒のベンチャー企業の「WAKAZE」さんの醸造所にバイトで蔵人をさせていただいたりしました。あとは千葉県にある「Mitosaya薬草園蒸溜所」というフルーツブランデーを作っているところに果物を仕込みに行って、発酵蒸留させていただいたり。お酒のお手伝いやバイトをずっとしていたんです。そのとき、大学在学中に仲の良かった友達に紹介されたのが現在の「アントシカダ」代表の篠原でした。虫好きの変態と、調味料とかお酒でいろいろやっている変態がいるから、お互いを会わせたいみたいな感じで、初めて会ったのが2019年11月ぐらいなんですけど、飲んで意気投合して。篠原には「コオロギを発酵させたい」とか「タガメって食べたことあるか」って聞かれて、ああ洋梨みたいな香りがするよね、あれを蒸留したらおもしろそうじゃない、それはおもしろそうだね、と。いま「アントシカダ」で作っているコオロギ醤油やタガメジンの原案みたいなものが、出会って1日目には生まれていました。

小祝:「アントシカダ」というのはどういう意味なんですか。

山口:アリとセミという意味です。アントはアリ、シカダはシケーダともいいますがセミです。最初なんとなくつけた名前ではあるものの、イソップ童話の『アリとキリギリス』という話がありますよね。イソップ童話は北欧に伝わる寓話集ですが、その発祥がギリシャなんです。ギリシャでの原題は『アリとセミ』でした、キリギリスではなく。ヨーロッパ南部のギリシャはセミに馴染みがあるのですが、話が伝わって北上していくうちにセミがいなくなってくるんです。セミでは伝わらなくなったときに、その地にいたキリギリスに変わったんです。あの話はコツコツ真面目に働くことが良きことといった話ですが、僕らはそれには否定的で、両方に両方の良さがある、全てのものごとを分け隔てなく愛するために、反するような形で名前をつけたようなところがあります。

小祝:「アントシカダ」はいま週末のみ営業されているんですか。

山口:そうですね、金曜日と土曜日のみの営業です。あと日曜日、同じ場所でコオロギラーメンを中心としたラーメン屋をやっています。コオロギラーメンやイナゴを使ったチャーシュー丼、蚕を使ったソーセージ、そういったものをお出ししています。ただのラーメン屋というよりは、ラーメンバルみたいな感じで。お酒もコオロギビールなどがあります。老若男女問わずいろんな方が来られます。お子さんを連れたお母さんで「虫を捕まえるのが好きで、虫を食べてみたいって子どもが言うんですよ」なんて言われたり。

小祝:もう何度も聞かれている質問だと思うのですが、山口さんは昆虫食を推奨しているということですよね。最近、昆虫食は未来食であるといったことをよく耳にします。養殖するときにはほとんど炭素を出さないなど、環境保全への可能性を秘めた未来のタンパク源と言われていますよね。「無印良品」でも昆虫を使った食品を取り扱っているなど、昆虫食が話題になるにつれ、徐々に認知されはじめて、サステナブルフードのようなものになっていると感じるのですが、山口さんは昆虫食をどのようにお考えですか。

山口:質問していただけてうれしいです。実際に昆虫を食べることを主としている僕らのレストランは、そのことにあまり重きを置いてはいません。2013年にFAO、国際連合食糧農業機関というところが昆虫食に対する報告書を発表していて、そこには昆虫食の今後の可能性や期待が書かれています。この報告書を機に昆虫食に対する関心が高まって、北欧ではスーパーにコオロギが並んでいたりもします。昆虫食というものを文脈として捉えたとき、4つのパターンがあります。1つは伝統としての昆虫食。日本ではイナゴの佃煮などがこれにあたります。世界的にも有名なものが数多くありますよね。慣習としての昆虫食。ここには伝統のなかで昆虫食を「守る」といった意味も含まれます。2つ目はエンターテインメントとしての昆虫食。これだけ昆虫食が広がったといえど、やはり現代ではまだいわゆるゲテモノなんです。いつかこの感覚がなくなるのか、残り続けるのかは全くわかりませんが、キャーキャー騒ぎながら食べる楽しみがひとつです。ハントするという楽しみも、このエンターテインメントのなかに含まれます。ジビエなどと同じく、山のなかに入ったり、田んぼでイナゴを捕まえて、獲ったものをすぐに揚げて食べるような、そういった楽しみ方もあります。3つ目がサステナブルフードです。コオロギを育てる方法が、牛や牧草を育てることに対して圧倒的にCO2の排出が少ないことや、タンパク質としての歩留まりがいいこと、人口が爆発したときに肉が食べられなくなって、その代替がコオロギになるかもしれないという、ご質問でおっしゃっていたことはまさにこのことですよね。4つ目が単に味を追求することを目的とした昆虫食。虫そのものにいろいろな個性があって、食材としておいしいからそれを楽しもうというものです。僕らが注目しているのは、この4つ目です。代表の篠原が「地球少年」と呼ばれているのですが。あだ名というか肩書きというか芸名というか…その「地球少年」が、昆虫が大好きなのはもちろん、全部のことが大好きなんですよ、動物も植物も。全てを食材として見たときに、肉や魚や野菜、そして虫も含めてフラットにすると、虫の地位だけがガツンと下がっているんですよね。だからそれは平等じゃないということで、僕らは昆虫食の可能性やおいしさを見つけ出して、そこが平等になる社会を目指していけたらいい、というのが僕らの会社の理念です。

小祝:地球上の生物としてですか。

山口:そうですね。それとおいしい食材としてですね。というのも、おいしくなければ3つ目のサステナブルフードとしての昆虫食はまかり通らないと思っています。僕がこういう話をするときによく言っていることなんですが、50年後、実際に人口が100億人を超えて肉が食べられなくなったときに、代わりの食材としてコオロギを食べることになったとしても、しぶしぶコオロギを食べたくないんですよね。

小祝:食べたくないですね。ゲテモノと思いながら食べたくない。

山口:そうですよね。よっしゃ、コオロギや!みたいなほうがいい。今日はコオロギでパーっと行くぞ、ぐらいのほうがいいじゃないですか。そこを目指したいと、篠原の話を聞いたときからずっと僕は思っていたので、もともと昆虫食の報告書の話にはあまりピンと来なかったということもありましたし。おいしいと思って食べられることが広がることで、そのあとにサステナブルがついてくればいいなということが僕らの考えです。


続く


文:丸恵(サムライジンガ)
撮影:福山勝彦(プランディング)
収録:須藤高志(サムライジンガ)
撮影場所:Creative Sound Space ZIRIGUIDUM(ジリギドゥン)
2021.6.11収録


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