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憧れの酒米「雄町」

高崎:クラフトジン「ふたば」の原料(酒粕)となった、仁井田本家さんの日本酒「おだやか」は最初につくられてから6年ほどになりますか。

仁井田:そうですね。それぐらいになりますかね。

高崎:6年前に飲んだとき、本当にびっくりするぐらい感動したんですよ。味はもちろんのこと、そこにいたる経緯がすばらしくて。「おだやか」は雄町米(おまちまい)という、福島県産ではないお米を南相馬でつくり、それを使ったお酒なんですよね。自分はそのお話に感動して、とても影響されたところがあります。ぜひそこにいたった経緯を教えていただけませんか。

仁井田:はい。雄町米はもともと岡山県が主産地で、酒蔵にとってはとても魅力的な憧れの酒米なんです。山田錦と雄町といえば酒米のなかでも横綱クラスですね。山田錦は比較的手に入りやすいのですが、雄町は生産量が少ないのか、なかなか福島までまわってくる機会がなかったんです。しかし雄町米が福島に来るきっかけとなった、根本さんという方がおられまして。根本さんは福島県のオーガニックの世界に尽力されている南相馬市の農家さんなのですが、震災と原発の被害によってお米がつくれなくなってしまったと嘆いておられたんです。その直前に福島県では有機農業ネットワークというものがようやく発足して、根本さんに無理をいって初代会長になってもらったところだったのに、米をつくれない農家が会長なんかやっててもかっこ悪いから辞退するとおっしゃったのを聞いて、では酒米をつくるというのはどうでしょうとお話ししたんです。根本さんは「食べるお米つくりたいんだけど、誰も買ってくれないんだよ」、「有機でつくりたいんだけど誰も買ってくれないから、つくれないんだ」とおっしゃっていたので、じゃあ酒米をつくってお酒にして飲んでもらえばいいのではと。そしてどうせつくるのなら福島県でポピュラーな酒米ではなく、憧れの酒米でも福島ではなかなか手に入らないお米を福島でつくってはどうかと。雄町米はどうしても積算温度や積算光量を稼げない福島で作付けして育てることは難しいといわれていた米なのですが、幸い南相馬は福島でも太平洋側の比較的温暖な地域ですし、根本さんご自身がすばらしい実力のある篤農家(農業に熱心で研究的な人)さんであったので、もしかしたらおもしろいことになりそうだと思って、提案してみたんです。そうしたらもう、最初は試験栽培をするのかと思ったら、「田んぼ 1個分つくったから」と言われて(笑)これはこちらが言い出した以上やらないわけにいかないし、根本さんご自身が雄町というお米をつくることにすごく喜びを感じていらっしゃるのかなとも感じました。

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一筋縄ではいかない難しい米なので、ちゃんとつくることができればとても美味い酒になるけど、できなければひどい結果になる、じゃじゃ馬のようなところがあって、逆にそんなところが魅力的でもあるようです。80過ぎのおじいちゃんの根本さんが毎年「ちょっと雄町が見えてきたぞ」といったことをおっしゃっていて本当に尊敬しますし、実際にその質もとても上がっています。 根本さんが新しいことにチャレンジして育ててくれたお米ですので、お酒をつくる僕ももう全力で打ち込んで、道なかばですが少しずつ目標とするお酒に近づけていっています。根本さんに雄町米をつくってもらったもうひとつの理由は、うちだけがお米を引き受けていたのではやはり限界があるので、もっと福島の他の酒蔵で南相馬の雄町を使いたいという蔵が現れたらいいなと思ったからです。福島では「五百万石」や「夢の香(ゆめのかおり)」という酒米がポピュラーで手に入りやすいのですが、福島県産の雄町米ならば興味をもつ蔵も多いんじゃないかと期待しています。南相馬の温暖な気候を利用して、南相馬ならではの質のいい米がつくれるかもしれないというところに期待をして雄町を育ててもらおうと思ったのも理由のひとつですね。

島野:雄町米は南相馬のなかで生産量が増えてきているのですか。

仁井田:いえ、たぶんまだ根本さんしかつくっていません。

島野:ほかにつくる方がおられないということは、南相馬で雄町米を作ることにおいてデメリットがあるのでしょうか。気候は合っているというお話ですが。

仁井田:有機栽培や自然栽培というオーガニックな米づくりそのもののハードルが高いということがあると思います。さらに雄町は昔のお米なんですね。人間が育種した新品種ではなく、もともと日本にあった在来種なので、そういうものはとても背が高くなって栽培しにくかったり、収穫量が上がりづらいものであったりします。逆にいまの新品種というものは栽培しやすくするために掛け合わせたものですので。

島野:効率化を図ってのものなんですね。

仁井田:そうですね。雄町を有機栽培や自然栽培するには、本気で時間をかけて田んぼに入らないとできない。そこにはやっぱり想いがないとできない。プロの農家で田んぼが好きでしょうがない、そういう人じゃないとちゃんとした雄町は育てられない。進化していくうえで、人としてのスキルが重要だと思います。だからそういうものに憧れてくれる人が新しく入ってきたらいいなと思うのですが。いまの若い人はけっこうそういうことを粋に感じるみたいなところがあるような気がして。ちゃんとしたものを見極める力があるんじゃないかと感じています。そういったところにちょっと期待しています。


続く

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