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文盲というセーフティネット

現代社会は、情報があふれている社会だ。黙っていても情報はやってくる。普通に暮らしているのに、周りを見渡せば、情報の大海原だ。

そこでおぼれているひと、たくさんいる。あっぷあっぷしてる。

成功してる人、うまく生きている人、輝いている人の様子がいやでも目に入れば、それにくらべて自分は・・と考えちゃって、それがストレスになる。これがカラダにいいですよ、これを食べましょう~おいしいものを食べるのはシアワセ♪グルメ情報~こうすればお金稼げますよ~たくさん稼いで新製品をじゃんじゃん買いましょうね~コロナの時は、マスクをしましょう・・・いや、しなくてもいい・・・いやいや、真夏はしちゃだめだって。

どうすりゃいいの?という玉石混交の情報だらけ。

一昨年、102才で大往生を遂げたじぃちゃんは、字があんまり読み書きできなかった。自分の名前と数字は書けるし読める。カタカナが少しわかるくらいなので、日常生活で必要なことは、ばぁちゃん頼りだった。(ばぁちゃんがぼけちゃったので、晩年は私が書類係をやった)たくさん「稼ぐ」ことが生きがいだったから、預金通帳の数字は、ちゃんと「読めた」たくさん稼いでお金を残し、私に家を買ってくれた。

生涯、お百姓さんで、90代まで畑で大豆を作って出荷してた。雪深い山奥で、食べられる米が作れないくらい、寒くてやせた土地で、田んぼと畑をやってた。冬は暖かい町に出て来て暮らしていたし、家も2件買って、ひとに貸してた。年が明けたら、かんじき履いて畑の家の屋根の雪下ろしに行った。

じぃちゃん、よくいろいろやってたなあ~って思う。じぃちゃんのやってたことは「智慧」に基づいてた。テレビも観てたけど、おそらく「字が読めない」ということは「言葉を知らない」ということで、観ていても、なんのことかわからなかったんじゃないかな。テロップはもちろん読めないし。

だから、じぃちゃんに余計な「情報」や「知識」は入らなかった。それでもちゃんと生きてたし、できないことはちゃんと他人に頼っていた。身内にはちょっと厄介なひとだったけど(笑)地元の農家さんたちとは、ちゃんと付き合ってたなあ。

ばぁちゃんが施設に入ってからは、一人暮らしだったけど身の回りのことはできた。病気らしい病気もせず、さすがに最後の10年は養護老人ホームにお世話になったけど、寝たきりにはならなかった。

「おれは何のために生きてるんだろう」とか「おれの生涯は幸せだったかなあ」なんて、きっと考えなかったと思う。そんなことを「考える」という選択肢がなかった。ただ淡々と畑を耕して生きた一生だった。

ストレスなんてあったのかなあ。「ストレス」をじぃちゃんに説明するの、むずかしいぞ。でも、きっと、知らなくてよかったんだ。

「知らない」のは、最強だ。「知っちゃったら」悩みが増える。「考えちゃう」のは止められない。知らなければ、考えないし悩まない。

文盲だったじぃちゃん、最強の人生だった。

現代社会の情報の海でおぼれかけているイマドキの若者が、「文章を読めない、理解できない、なんのことか認識ができない」のって、もしかして生物としての本能で「わからない、知らない」というセーフティネットが発動してるのかも~と思っちゃったりする。

ただなあ。知らないことに付け込む悪い奴もいるからね。じぃちゃんの家を片づけたら、謎の羽根布団が大量に出てきたも。だまされないように自衛する「知恵」は身に着けないと。。。。いや、それもきっと、騙されて覚えていくんだろう。そこで命まで取られなくて済んだのは「運」だ。

「騙されないようにする」「運気をよくする」「余計な情報や知識に振り回されない」

はい、現代を生き抜く知恵ベスト3で~す。

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アヤシイ。

また明日。

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