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中村哲という人

私がこの人を一番最初に知ったのはいつだったんだろう。
亡くなる前は知らなかったかもしれない。
意識して知ったのは、亡くなった後だった。

えっ、こんなすごい人がいたんだ。
っていうのが最初の印象で、
山梨に来る前に、家を探しにきた時に寄った、甲府駅の近くの図書館で、戦争についての特集をしていて、その中に中村哲さんの特集もしてあって、なんとなく水路を作ってすごいお医者さん。というイメージがあったのが深まった。
そんな中、図書館でこの一冊を見つけた。

わたしは「セロ弾きのゴーシュ」
中村哲が本当に伝えたかったこと

なんだかすごく泣けた。
一本の映画を見たような満足感がある本だった。

生きて死ぬ、っていうことに対する価値観が、一人の医療者である私の胸に刺さった。

地雷でよく足を負傷しておいでになる方があります。山の中では、片足ですと杖をつきながらでも人に迷惑をかけずに生活ができる。ところが両足をなくしますと、たとえ命が助かっても、これは車椅子など使える生活ではありませんので、かえって、この人が生きておるために、いっか全体が破滅するということも有り得る。その場合は、私たちとしても始めから助けない。

それが、当然の死生観だって書いてた時、確かにな。とも思いました。
やたらと寿命を延ばすことが医療なのかな、とは私も思っていました。
健康寿命を延ばす大切さって、すごい大事ですよね。
後ほんっとに、どうしてアフガニスタンに外国人の兵力が注がれて、小学校とか、ムスクとかも爆撃を受けている状態だったのに、日本でニュースにならなかったんでしょうね。

後は、日本人が、戦争をしてこなかったから、中村哲さんは、現地でも活動することができた。って書いていて、本当に、戦争に参加しない、兵力を送らない、というのは大事なことなんだなと思いました。
イラク派遣でアフガニスタンの人たちの、日本人に対する見方が変わった。
とも書いていて。
あの時私の父は自衛官で、もしかしたら参加するかもしれなかったことに対して、本当に、運よく参加せずに済んで良かったと思いました。
むしろ母も私も、父が参加するくらいならなんでもいいから自衛官をやめてほしい。
そう思っていたのを思い出しました。
父に人を殺して欲しくない。
怪我をして欲しくない。
そういう思いがよぎったのを忘れません。
あの時、イラク遠征に行った自衛官の方々はすごい高い金額のお金をもらえたそうですが、翌年税金でものすごい額を払わないと行けなかったらしく、なんだか損をした。と訴えていた人も多かったそうです。蛇足ですけど。

この本の中で中村哲さんが淡々を語っている出来事を行うっていうのはすごい根気がいて、すごいヘコタレナイ精神力も、協力したいと思う人間力も、コミュニケーション力も、すごい必要なことなのに、何故か、何でもないように書かれているのが、この人は大阿闍梨か何かだったんじゃないだろうか。。としか思えないくらいでした。
淡々とすごいことをやってのけるのはすごいですよね。
ほんっとすごい。
もともと治安のいい国だったアフガニスタンが、海外から、資本主義の上にいる人たちの都合の良さを押し付けた結果と、資本主義で自然破壊を繰り返し続けた結果の温暖化によって、水が手に入らなくなった結果で、惨状をうんだ国。
これは、自分たちの行動も変えるチャンスなんじゃないのかな。とも思います。
チャンスと言ってはあれなんですけど、たとえば、環境に配慮した生活にしていく、とか少しでいいから何か自分にもできることがあるんじゃないのかな。と思います。
この中にあった、写真で、泣いてしまったのは、砂漠化した大地が、水があることで、緑が戻ってきている写真になっているものでした。
人の手で壊し続けている環境破壊の先に、私たちが生きていける場所はあるんだろうか。
本当に、日本の憲法を変えることが、9条の項目を変更することが、世界平和に繋がるのだろうか。
この本を読むと、考えさせられます。

このゴールデンウィーク明けの週末、この本を読んでみてはいかがでしょうか?

昔からわたしが思ってきたのは、この復興支援が、誰の立場に立っておこなわれて、そして誰のためになる支援か、ということを考えると、これは非常にさびしいものを感じざるを得ないわけですね。

わたしは「セロ弾きのゴーシュ」
中村哲が本当に伝えたかったこと

相手の立場にたった考え方をするって、難しいけど、すごく必要なことで、そうすることで、少しだけ不満不平もなくなるような気がします。

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