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読書感想文『僕僕先生 胡蝶の失くしもの』を読んで


※ネタバレあり

 まず表紙!先生が違う服着てる!キャー可愛い!これ苗(ミャオ)族の衣装なんですって!

 さて今回は前巻の明るい雰囲気とはうってかわってシリアスな内容となりました。迫真の戦いと報われない悲恋の物語がこの巻の中心です。

 まず登場するのは王宮の暗殺集団「胡蝶」。その中でも指折りの使い手である劉欣(りゅうきん)は、なんと僕僕と王弁の暗殺を命じられます。しかし彼にはどうしても譲れない大切なものが二つありました。一つは胡蝶の任務、そしてもう一つは唯一自分を愛してくれる両親です。任務の最中劉欣の母親が重い病気になり、それを治すことができるのは僕僕の薬だけなのです。暗殺の使命と母親の命どちらかを選ばなければならない状況に陥る劉欣。非情な暗殺者は結局愛する母親を諦めることはできませんでした。任務より自分の感情を優先することは暗殺者としては許されません。それは劉欣が誰よりも分かっていること。しかし彼はたとえ任務に背いても、自身が追われる身になっても、母親の命を見捨てることはできなかったのです。彼は両親には暗殺の仕事をしていることは隠しており、単に「悪い奴をやっつける仕事」とだけ告げます。そして両親の安全のため、二度と帰らない覚悟で旅に出ます。しかしその時劉欣の母親は、彼が嘘をついていることを見抜きます。そして「事情は聞かない。でも私たちはいつでも欣の味方だから。どこにいても、何をしていても、あなたの味方。だからうまくその"お仕事"が片付いたら、いつでも帰っていらっしゃい」と言って温かく送り出します。どんな相手にも感情を隠し通してきた冷徹な暗殺者。その劉欣が唯一騙しきれない人、そして唯一彼の全てを受け入れてくれる人が、この両親だったのです。この別れのシーンはとても胸を打ちました。

 そして後に仙骨を持っていることが分かった劉欣は僕僕の一行に加わり、暗殺の期を伺いながらも行動を共にします。そして最後は仙骨の力を発動させ、胡蝶の追っ手を倒して一行のピンチを救う活躍を見せます。彼が出てきたお陰で物語のバトルシーンが一層迫力と激しさを増し、読み応えがグッと強まりました。

 既出のキャラクターで今回大きな動きがあったのは、前巻から旅の仲間に加わった薄妃。長らく離れ離れになっていた恋人「賈震(かしん)」についに会えることになり、彼のいる醴陵(れいりょう)へと飛び立ちます。待ち望んだ再会に胸を躍らせ、懐かしい町並みが近づくごとにその気持ちは高まっていきます。調度その日は醴陵の街でどこかの家の婚礼の行列が出ていました。恋人と再会できる日に婚礼に出会すとはなんて縁起がいい。薄妃は一層喜びを募らせます。しかしその婚礼の行列は見慣れた家の前で歩みを止めます。それはなんと賈震が嫁を迎えるためのものだったのです。自分がいない間に新しく嫁を娶ったかつての恋人。守られなかった、待っているという約束。絶望に暮れる薄妃は賈震に詰め寄り、新妻を追い出すように迫ります。しかし賈震は「きみは妖異のものだったんだろ?人間はそんな者と一緒にいることはできないって・・・・・・」と突き放し、薄妃の絶望は決定的なものとなります。おめでたい婚礼の行列をウキウキと追いかけて、その行く先が恋人の家であったというこの描き方。薄妃の沸き立つ気持ちが最高潮にまで達したところでどん底まで突き落とされる悲しみ、目の回るような絶望、パニックを強く印象付けます。単に恋人に新たな妻がいたとか、臥所を共にしていたとかいうだけではこの悲しみは描き切れないでしょう。これが文章の技巧というものでしょうか。

 さて私の好きなキャラの僕僕先生はというと、今回も色んな顔を見せてくれました。とある宴に招かれた時に僕僕は珍しく妖艶な美女に化けて色気を振り撒き、王弁をやきもきさせます。もー先生ったら!そんなことなさらないで!

 一方王弁は今回は情けなさが目立ったように思います。仙術も武術も使えない王弁は様々なピンチに上手く立ち回ることができず、周りには呆れられてばかりです。でも読者にとっては彼のような情けないキャラがいるから物語に感情移入できるのでしょう。僕僕や劉欣のような強い人物ばかりだったらキャラクターを身近に感じられず読者は置いてけぼりになるような気がします。その辺りの気持ちのバランスを取ってくれてるのが王弁なのですね。

 今回新たに旅の道連れとなった劉欣。彼はこれからどのように一行と関わっていくのでしょうか。やはり僕僕たちの命を狙うことを諦めないのでしょうか。それとも卑劣な手に出た胡蝶に完全に見切りをつけるのでしょうか。彼が仙骨の力を身につけ、味方として加われば一行にとって力強い仲間になるでしょうし物語もアクションシーンが増えてさらに熱を帯びてくることでしょう。今後に期待が高まります。

 そして今回はあまり描かれませんでしたが、王弁と僕僕の恋の行方もどうなることやら。今回は困難な事件ばかりで二人の距離が縮まる様子はありませんでしたが、次回はまたキュンキュンさせてくれるといいですね。さて次巻『さびしい女神』も楽しみです。

仁木英之『僕僕先生 胡蝶の失くしもの』新潮社 2009

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