織姫レーザー

悔しさの先にあるもの

7月7日はサクラ大戦シリーズのキャラクター、ソレッタ・織姫の誕生日。

実は私は、織姫については少し複雑な気持ちを抱えています。それは、サクラ大戦2の開発で、工夫に工夫を重ねて作った織姫用の演出プログラムが、初めて大規模に没になった経験のせいでした。

開発から22年経った今、その気持ちを供養するために、少し思い出話にお付き合いいただけるでしょうか。

マップパートの作り方

サクラ大戦2はアドベンチャーパートと戦闘パートに分かれていて、戦闘パートはさらに、必殺技シーンとマップパートとに分かれています。私は、戦闘のマップパートを作りました。クオータービューの将棋盤のようなマップの上に、将棋の駒のようなユニットが並んでいる部分です。

このマップパートは、デザイナーから納品された部品を組み合わせて、キャラクターを動かしたり、演出を行ったりするのですが。高度なツールがある訳でもなかったので、ひとつひとつプログラムで制御していました。敵・味方のキャラクター数も、技の数も多く、大変な工数でした。このためマップパートには私の他に7名もプログラマーがいて、手分けして一体一体作っていました。

私が最初に作ったのは、真宮寺さくらの「破邪剣征・桜花霧翔」。マップ上を真っすぐ進むだけのエフェクトだったので、比較的簡単に作ることができました。

そうやって経験を重ね、作り方もこなれてきたある日。ついに織姫のエフェクトに着手しました。

最終形

先に結果をお伝えしておきますが、最終的にはこんな形になりました。3:38頃の、必殺技シーンからマップパートに戻った際の、放射状に飛ぶエフェクトです。
https://www.youtube.com/watch?v=h_Hcbz7Cfnw

デザイナーからのリクエスト

織姫の攻撃イメージは、レーザーを数多く飛ばして複数の敵を打ち倒す、マップパート演出の中で最も派手なものでした。さて、これをどう作るか。

エフェクトは、攻撃を表す攻撃エフェクトと、相手にヒットした時のダメージエフェクトの二つに分かれます。通常、両方のパーツがデザイナーから納品されるのですが、この織姫のエフェクトについてはダメージエフェクトのみの納品。レーザーはプログラム的に生成できないか、というリクエストでした。

そこで、ポリゴン数を節約しつつも、3D空間上で表示して破綻のないように、三角柱をプログラムで生成して、並べて表示することで長いレーザーを表現することにしました。しかも、先頭は明るく太く、尾に近づくにしたがって暗い色にして細くしていくことで、いかにも威力がありそうな、綺麗な軌跡を表現することができました。

工夫と成果と

しかし、そうやって生成したレーザーを直接相手に飛ばしても全く派手になりません。移動距離が短すぎて、すぐに消えてしまうのです。

悩んだ私は、ベテランデザイナーに助けを求めたのですが。すると、「いきなり敵に向けて飛ばすんじゃなくて、思い切って画面外に出るような大きな軌跡を描くんだよ」と。そこで参考にしたのは、「レイフォース」でした。1:00以降のレーザーをご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=u50BxV2QnOg

なるほど! と納得のいった私は、必ずレーザーを一旦画面外に出すようにプログラムしました。放射状に発射されたレーザーはしばらく直進し、経過時間と共に目標への回転角度を大きくし、速度も加速するようにしてレーザーの軌跡を作りました。こうすることで、放射状に解き放たれたレーザーが一瞬ためを作りながら目標を見定め、加速しながら相手に突っ込んでいく勢いのある動きを作ることができました。

こうした工夫により、画面上を縦横無尽に飛び交って、長く尾を引く派手なレーザーエフェクト、通称「織姫レーザー」が完成したのです。このレーザーは、参考にしたレイフォースのレーザーよりも動きが活き活きとしていて、開発チーム内でも大変好評でした。

さらに、レーザーを画面外に放つ前に、織姫機の周囲をぐるぐると回転させながら上昇させ、まるで新体操のリボンのように見える動きも加えました。こちらも、必殺技シーンとのつながりが良くなって好評でした。

知識もスキルも足りず、もがき苦しんでいたダメプログラマーだった私にとって、この結果はとても誇らしいものでした。

暗転

ところが開発も終盤に差し掛かった頃、マップパート最高傑作と思われたエフェクトにクレームがつけられました。それは「多くの敵を同時に攻撃すると処理落ちする」というもの。

当時のセガ社内開発には、「ファーストパーティーとして他社のお手本になるクオリティを達成しなければいけない」といった空気がありました。処理落ちなどもってのほか、という訳です。

滅多に起こらない処理落ちのために折角のカッコいいエフェクトを没にするのか!? と私は衝撃を受け。散々食い下がったものです。

同時に攻撃できる数を減らせないのか → 攻撃性能は最初から決まっているからダメ

数が多いときは順番に攻撃すればいいのでは → 演出時間が長くなるので、快適さが失われるからダメ

数が多い時だけレーザーを短くすればいいのでは → 演出が変わったと思われるからダメ

結果

同時に攻撃できる最大数を攻撃しても処理落ちしないように、レーザーの長さをとても短くしました。もうレーザーじゃなくて、せいぜいビームといったところです。長く尾を引く美しい軌跡は、跡形もなく消え去りました。新体操のリボンのような演出もカット。

それはもう、悔しくて、悔しくて……悔しくて。

でもこれは、クリエイターの誰しもが通る道なんですよね。作り手のエゴと、遊び手の快適さと。ゲームは、誰のためのものなのか。そのことを深く考えるきっかけとなりました。

私は今でも、その判断自体は正解だったのかどうかわかりません。私はディレクターもプロデューサーも経験していますが、もしかしたらレアケースに演出時間が長くなることを許容して、普段のカッコよさを取ったかもしれません。

しかし、その時の私は一介の新人プログラマーでしたから、決定権は私にはありませんでした。面白さの責任はディレクターが、ビジネスとしての責任はプロデューサーが負うのです。たったひとつの演出でさえも、プログラマーの勝手は通らないのです。

ディレクターが、徹底的にユーザーのことを考えて下した結論だったのでしょう。それを尊重すべきだと、今ならわかります。

悔しさを乗り越えて

どんな作品もそうだと思いますが、一直線に完成に向けて作られる作品はありません。試行錯誤があり、多くの没があり、クリエイター同士の意見の違いがあり、こだわりがあり。

ユーザーさんの目に触れることなく消えていく多くのクリエイティブを下敷きに、長い期間の苦労と工夫と熱意で積み上げた珠玉の結晶が、ひとつひとつの作品なのです。

ものづくりって、それはそれは大変なのですが。数々の悔しさも、苦しさも乗り越えて、少しでも大きな楽しさをユーザーさんに届けるために、私自身も努力を続けていきます。また、そんないばらの道を一緒に進んでいきたいと思ってくれるようなクリエイターを、一人でも多く育てていきます。

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