コンテンツに熱を入れるのは、愛だろ、愛。
タイトルが超上からで申し訳ないんですが、また自転車の話です。オタクが語るオタクのための話の様相を呈しているので、きっと論理的ではありません。
Twitterに「#jspocycle」という長年使われ続けているハッシュタグがあります。このタグはその名が表す通り、スポーツ専用チャンネル「J Sports」のサイクルロードレース番組に関連して使用されます。本来は。
しかし、インターネット上にこれほどロイヤルティの高い自転車スポーツ観戦コミュニティが他に無いことから、このハッシュタグではたまにちょっと面白いことがおきます。
例えば、2016年7月に行われたリオデジャネイロオリンピックの男子ロードレースのとき。テレビでの放映がなかったため、ロードレースファンはNHKがただただ映像のみを流すインターネット配信をひたすら解読し続ける苦行に勤しんでいました。具体的には、ユニフォームの国籍と乗ってる自転車と走行フォームから選手を割り出し現状把握して、その後の展開を予想するということをやっていました。
そういう場合、普通はインターネット上に集積知を溜めておく基盤がどこからともなく発生します。しかし、サイクルロードレースファンは惰性か習慣か、自然発生的に#jspocycleに集まり、あたかもJ SPORTSで放映されているが如くいつものようにワイワイ盛り上がっていました。
日本のサイクルロードレースファンは他に行くとこないんだな。。と思う事例ではありましたが、それで全く困らなかったことも事実。ユーザを大事にして、かつ、新規を拡大し続けてきたコミュニティって強いな、と思わせる出来事として、今でも強く心に残っています。最初のトリガーとマネジメントがテレビ番組であったとしても、そういうコミュニティって自律しちゃうんですよね。燃料を投下せずとも勝手に楽しみだすみたいな。
では、なんでたかがハッシュタグを、そんなコミュニティだと言い切ることができるのか。
突然ですが、イーグルスの名曲「Desperado」をご存知でしょうか?
こんな曲です。そして大事なのは歌詞です。この曲の歌詞をドン・ヘンリーの歌声を加味して意訳して要約すると、だいたいこんな感じになります。(と思ってます)
半ばヤケになって無謀なことに挑戦しようとする友人に「なにもそんな無謀なことをしなくたって、幸せはもうすでに君の手元にあるじゃないか。なあ、待ってるからこっちに戻ってこいよ」と語りかけつつも、彼がその声に応えることはないこともわかっている。
こういうメタな構造を持った音楽なのですが、J SPORTSでは、ツール・ド・フランスの最終日の中継の一番最後に、この「Desperado」のフルコーラスをテーマに、その年のレースを振り返る映像を流します。毎年、必ず。
170人もの選手が21ステージもあるレースを戦うと毎年本当にいろいろなことがあり、印象的な場面を切り貼りして繋げるだけでも趣深い映像ができるところ、曲の展開に合わせて、情景描写的な風景や選手の堆肥などの演出を交えてエモさ特盛りで仕上げてきて、毎年ボロボロ泣いてしまいます。
今年はポガチャルとログリッチの対比があった後、最後の個人TTで完膚なきまでに負け、ずっと守ってきたマイヨ・ジョーヌも失ってしまったログリッチが立ち上がれなくなってしまったところで涙腺が崩壊しました。
しかしこの短い映像の最も凄まじいのは、「サイクルロードレースを総括する音楽として、イーグルスの『Desperado』を選んできている」ということです。
これをもうちょっと突っ込んで言うとサイクルロードレースをわかっている人しか、この曲は選び得ない抜群のセンスが、この映像の根底に流れています。
そもそもですね、サイクルロードレースってかなり常軌を逸したスポーツなんです。例えばツール・ド・フランスは全21ステージでおよそ3300km前後、1日あたり7,000kcalを消費して、筋肉と神経と内臓を酷使しながら最終日のシャンゼリゼを目指します。
コースには必ず、ピレネーとアルプスの山塊を越えていくステージが5、6個組み込まれ、ここで戦う体とするために、総合や山岳を狙う選手たちはボクサーのように絞ってきます。体重の重いスプリンターだって、最終日のシャンゼリゼで勝負するために、山を越えるべく「そういう」体の仕上げ方をします。みんな、レースの前から綿密にスケジュールを組んで、万全を期しつつ、ハードに体を痛めつけてきます。
そんなにまでして犠牲を払うプロサイクリストがいくら貰えるのかというと、もう全然もらえないんです。日本の競輪とは違い、ヨーロッパのロードレースって全然儲からないんです。現役のUCIプロツアー(トップリーグと考えてください)のロードレース選手として一番もらっているらしいペテル・サガンでさえ、年俸は5億円と言われています。世界選手権を3連覇したトップオブトップの選手の年俸が5億です。年俸5億円を越えるサッカー選手は一体何人いるでしょうか?去年のバロンドールを獲ったメッシの年俸っていくらか知ってますか?公道を走り、観客をどこかに集めて収容することができないロードレースは、そもそも儲かるスポーツじゃないんです。
じゃあ、なんのために走るかというと、ただただ栄光のために走るんですね。この割りの合わなさの帳尻を合わせるには、そうとしか考えられない。そのためだけに、厳しいトレーニングを積み、危険に身を晒し、時にはドーピングやドラッグとの誘惑と戦い、理不尽な検査を受けることもあり、しかも大して知名度も金銭も得られない。そういうのを全部ひっくるめて、選手たちは今年も自転車に乗りました。また、出場できなかった数多の選手が、涙を飲みました。
それをJ SPORTSが「Desperado」で総括するんです。これほどまでに的確にロードレースの本質を衝いた選曲はないでしょう。お前、もっと楽に幸せになれる方法があるのに、なんでそんな無謀なことをやろうとしてるんだよ、と。しかし、そこで起きるドラマを毎年クラクラになるほど見せつけられているファンは、それが理屈ではないことを既に知っています。
この選曲を別の言葉で表現すると「競技への、深い愛」と言える気がします。コンテンツを目の肥えたファンに届けるために、要素の酸いも甘いも噛み分け切って、その上で一曲贈るとしたら、でこの曲が出てくるのは、もう愛があるとしか言えない。
話を一気に戻します。#jspocycleが熱を持ったファンコミュニティとして機能しているのは、こうしたコンテンツ供給側の愛を鋭敏に感じていると思うからなんですね。コンテンツの力を信じている人たちが送り出すものは、やはり、熱くて、重くて、深い。そして、そういうコンテンツの受け手としても、相応のリスペクトをしなくてはならない。#jspocycleと我々サイクルロードレースファンの間には、そういう静かで確かな絆(あまり好きな言葉ではないが、だからこそここで使いたい)があるように思います。
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昨晩見た「Desperado」とログリッチの涙が、唐突に3000字近い文字を書かせました。この衝動は、去年僕にアラフィリップの記事を書かせたし、賞をいただいたサイクルロードレースの記事も書かせました。今年はスケジュール変更の都合上、LIVEではほとんど見られなかったのですが、その熱さはきちんと受け取れていたことに、心底安心しています。
Viva la France. Viva LE TOUR!!
より長く走るための原資か、娘のおやつ代として使わせていただきます。