大菩薩嶺にて #旅する日本語

朝7時半の山梨県丹波山村、大菩薩嶺。混雑を避けて未明から登り、前日の雨で少し緩くなった道を用心しながら下りていた。

朝の山の静寂を、男の鋭い叫びが切り裂いていく。

がんばれっ!がんばるんだあ!

声が聞こえた下る道の先を見ると、隻脚の少年が松葉杖を突きながら登ってきた。傍には父親と思しき付き添いの男。

少年の年頃は11,2歳といったところか。泥だらけの顔と、ボロボロになった上着がその挑戦の過酷さを物語っていた。付き添いの男は一切の手を貸さず、ひたすらに檄を飛ばしていた。

どうして、という外野の戸惑いをよそに、少年の生一本な眼差しは、熱く、前だけを見据えていた。

他人に安易に応援されたくない挑戦もある。少年にはすれ違い様、無言のエールを送った。そして男に会釈をしたその一瞬、視線が合った。

柳沢峠から塩山方面に下る車中で、檄の声を何度も反芻した。自然と、男の顔が浮かぶ。

男の目は赤く潤み、その声は震えていた。

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