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お前らの、パッとしねえ青春の果てに

2007年の夏の終わり頃、僕は缶チューハイを飲みながら、戸山公園の地べたに座り込む毎日を送っていた。

当時の僕のバイト先は法律予備校の出版部門で、そこでライターのような仕事をしていた。時給制のライターという謎の身分だったこともあり、執筆は当然として、下版に至る全ての工程の手伝いをやらされたりしていた。

法律予備校という場所柄、そこには宿命的に法曹(裁判官・検察官・弁護士)を志す若者が集っていた。ただ僕はというと、法曹を目指す志も動機もなかったので、「学生時代一応勉強してました」の証明書代わりに法律の資格を取ったのち、なんとなく就活に突入し、夏が始まってしばらくしてやっと、やりたいのかもわからないITエンジニアの職を得ていた。就活解禁は4月1日で、世は売り手市場だったはずだった。

大学4年生の夏はほぼ毎日バイトをしていた気がする。そして、バイトが終わると、いつもの仲間2人と歩いてマルエツに行き、安い酒とつまみを買って戸山公園のそのへんに座り込んでとりとめもなく呑んだ。仲間二人は僕とは違って法曹志望で、翌春にロースクールへ入るための準備を進めていた。司法試験はまだロースクール卒業生のみを対象とした「新試」と、誰でも受けられるが極めて狭き門の「旧試」が並行している時代だった。

話はいつも変わり映えしなかった。

一人は勉強にのめり込むあまり6月にフラれた元彼女のことをまだ引きずっていて、夜10時を過ぎると必ず鼻水を垂らしながら泣いた。もう一人はそんな彼を「いやあ、僕もね、去年彼女にフラれたけど、ほら、こうやって元気に毎日飲んでるじゃん」と、毎回全然慰めになってない理屈で慰めていて、僕はそれをただ見ていた。

フラれた奴が言う。「ヒガシくんはさ、いいよな。さっと職も決めてさ、彼女もいてさ。俺なんか将来が見えない上に彼女もいない」。慰めていた奴も言う「そうそう、僕も将来が全然見えなくてハゲそう。彼女もいないし」。

(別によかねぇよ)と思う。ものの、口には出さず曖昧に肯く。彼女の有無はともかくとして、結局、僕は消去法で選んだ未来を歩むことにしたのだ。真っ暗な闇の先に希望を見出して歩める彼らが、少し羨ましくもあった。

僕らはそれぞれにうっすらした絶望と自覚的な渇きを持っていた。それを癒そうとして、毎日連れ立って酒を買って飲んでいた。もはや何も話すことはなかったが、一人ではいたくなかった。

不安ゆえに少しだけ荒んだ心に、缶チューハイの安っぽい後味が心地よく沁みた。

*****

よう、俺だよ。みんな、ひさしぶり。

おい「お前ら」、飲んでるか?俺は飲んでる。最近はさ、クラフトビール にハマってんのよ。お前ら全員スカンピンだったからクラフトビールとか知らねえだろ。お前らが日参してたマルエツにもちゃんと売ってたよ。全然見えてなかっただろうけど。

まあ、そもそも若さってそんなもんだよな。自分が見える世界しか見えない。しかもその狭い世界でカッコつけるもんだからもう笑っちゃうよね。なーにが「少しだけ荒んだ心に、缶チューハイの安っぽい後味が心地よく沁みた」だよ。ヴァカか!うまいもんの方が心に沁みるに決まってんだろ!

おい、お前ら。下向いてんじゃねえ。顔あげろい。下ばっかり向いてると、変な奴に付け込まれんぞ。

あげろっつってんだろ。わかんねえのか?わかんねえか。そりゃ怖いもんな。わかるわかる。む、わかるのかわかんねえのかわかんねえな。

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うーんそうだな、じゃあ、この俺様がいいこと教えてやる。一回しか言わねえから、お前らよく聞けよ。

まず、お前。未練たらしく鼻水垂らしながら泣いてたお前な。お前、その翌年には法曹になれるぜ。一応ローには行くんだけど、元々死ぬほど頭が良かったお前は死ぬほど努力して、旧試で抜けていくんだ。まあ、その後、和光から週2で電話してきたのは正直ウザかったな。

それでお前裁判官になったんだよな。すげーお前らしいよね。なんか関西のどっかに赴任してからはもう10年近く会ってないけど、クビになってないってことは上手いことやってんだろ。知らねえけど。

次にお前、ハゲそうになってたお前な。お前は残念ながら法曹にはなれなかった。ローを卒業したのち、何回か受けるもあっけなく受験制限に引っかかってジ・エンドだった。

終わった直後、お前が一人暮らししてた沼袋のよくわかんねえ居酒屋で、二人で飲んだんだよな。30歳で全てを諦めることを決めて涙を流すお前の呻き声を、俺は多分死ぬまで忘れない。ていうかそもそも学校が御茶ノ水だったのになんでローの時からずっと沼袋に住んでんだよ。意味わかんな過ぎるだろ。そういうとこだよ。

でもな、お前あの時スッパリ諦めて社会に出たのは偉かったよな。あのあと超大変そうだったけど、それでも決断して良かったと思うよ。結婚もしたし、去年子供が産まれてたよな。業界内で何回か転職できて給料も上がってんだろ?いくばくかの痛みは残ったろうけどさ、とりあえずはよかったじゃん。ついでに言うとまだハゲてねえよ。

最後にお前、まあつまりは10何年前の俺な。お前、なんか留年してもう一回就活しようかなとか考えてるけど、やめとけ。とりあえず大学は卒業して、そのまま内定もらってるとこに就職しろ。そのお前が消去法で選んだ道な、お前の人生の中でもベストな選択の一つだったんだぜ。

今思えば、文系のお前がIT業界にエンジニアとして潜り込む道はもうそれしかなかった。最初はそりゃかなり苦労するけどさ、その苦労のおかげでいろいろな景色が見えるようになるよ。いいか、俺を信じろ。「その選択が、自分にとって良かったと思える日が、必ず来る」

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お前らみんな、ほんっとパッとしなかったよな。健全な21歳だか22歳だかの男子が毎日公園で集まって、勝手に絶望しながら下を向いて酒を飲むとか、どんだけぶってんだよ。どう考えてもモテねえだろ。でもそのパッとしないところから各々勝手に道を切り開いてさ、それぞれに幸せを掴めたってのは、やっぱり人間ってバカにできねえなと思うよね。

なあ、お前らさ、今度もう一回集まってみたらどうだ?もう公園じゃなくてさ、とりあえず屋内で場所抑えてさ。今はちっとは金持ってんだろ?明るい場所でいい酒を飲みながら語る話は、真っ暗な公園で缶チューハイをあおりながらする話とは、だいぶ違うと思うぜ。

みんな忙しいだろうけどさ、会えたらたぶん、時間の隔たりは何にも気にならなくなるはずだよ。10何年前、お前らはそういう時間を共にしていた。時間的な距離を一瞬で無きものにできる想像力つうの?そういうところもさ、やっぱり人間ってバカにできねえなと思うよね。

お前らのパッとしねえ青春は、この俺がちゃんと向き合って供養してやる。心配すんな。あんなショボい光景のことなんか、誰にも言わねえから。お前らは、あれからのお前らとこれからのお前らのために、もう一回集まるんだ。

いいな?そんじゃ、乾杯。



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