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バンドンの謎【ジャカルタ備忘録第3回】

こんにちは、カオマンガイコダイラです。
皆さんはインドネシアのバンドンという都市をご存じですか?ジャカルタの南東約120キロのところにある西ジャワ州の州都です(地図はGoogleMapより引用)。このバンドンについて、どうしてもわからない謎があったのですが、最近解決の手がかりを得たので、書き記しておこうと思います。

バンドン会議

高校の世界史を学んでいた方なら、「バンドン会議」という会議の舞台となったことを知っている人がいるかもしれません。
バンドン会議とは、1955年にバンドンで開催された「アジア・アフリカ会議」の通称です。当時インドネシアの大統領だったスカルノ(デヴィ夫人の旦那です)や、インドのネルー首相、エジプトのナセル大統領らが集い、東西冷戦下で、参加したアジアやアフリカ諸国が東側でも西側でもない「第三世界」であることを宣言した会議として知られています。インドネシアの現代史を語るうえで欠かせない都市なのです。

バンドン会議の議場(Wikipedia『アジア・アフリカ会議』ページより引用)

というわけで、ジャカルタ行きが決まった後ぐらいに地図を眺め、「バンドンってこんな位置にあるんだ」と思っていると、綴りが「Bandung」であることに気が付きました(上の地図を見てください)。

いや、「バンドゥン」じゃん!

バンドゥンとカーブル

インドネシア語では、「ng」は鼻にかかった「ン」と発音するので、最後のngが「ン」なのはいいのですが、「du」は「ドゥ」と発音します。「ド」ではありません(ドと発音するなら『do』です)。
その時から、「バンドン」はなぜ「バンドゥン」という表記でないのか、という解けない謎ができてしまいました……。

実は、現地の発音と日本語の表記がかなりズレている、という例は他にもあります。
例えば、アフガニスタンの首都「カブール(Kabul)」です。日本のどの新聞を見ても、外務省のホームページを見ても、この都市は「カブール」表記なのですが、実は現地の発音的には「カーブル」に近く、英語でも「カーブル」と発音します(少なくともBBCではそう発音している)。
12秒くらいのところで「カーブル」と発音しているBBCの動画

なぜ現地と日本でズレがあるのか、諸説ありますが(最初にカーブルを紹介した新聞記者が間違って表記した説など)、理由は分かっていません。分かっていませんが、誰もこの表記を変えないということだけは事実です(最大の謎かもしれない)。

一度決めた外国の地名表記は変えられないのか、というとそうではなく、つい最近もロシア語読みの「キエフ」がウクライナ語読みの「キーウ」に変わりました。また、外務省が標準表記としていた「象牙海岸共和国」が、当該国からの要請を受け、「コートジボワール(フランス語で『象牙海岸』という意味)共和国」に変わったこともありました。理由があれば表記は変わる(省庁やマスコミが変える)ようです。

とすると、「カーブル」はともかく、綴りと一致していない「バンドン」は「バンドゥン」へと表記を変えてもよさそうですが……。そもそもなぜ「バンドン」表記なのか?

井上ひさし先生のヒント

当分解けないと思っていた「謎」だったのですが、意外なところにヒントがありました。ヒントをくれたのは、かの井上ひさし先生のエッセイです。「にほん語観察ノート(中公文庫)」より、「外来語の表記」というエッセイの一部分を抜粋してみましょう。

「(前略)昭和三十年代の初めに、日本新聞協会が『ヴァやヴィといった書き方を、バやビに改める』と決めました。新聞も雑誌もわたしたちが日ごろからよく親しんでいるもの、その威力は絶大で、『ヴ』はいっぺんに姿を消してしまいました。そのほかにも、ティやデュといった書き方も追放されました。そういえば、新幹線のビュッフェも、初めはビフェでした。ビュもまた追放中だったのです。……」

なんとこの昭和30年は、西暦でいうとちょうどバンドン会議が開かれた1955年なのです。さらにこのエッセイの続きには、平成元年(1989年)に、日本新聞協会の方針変更により、「ティ」や「デュ」が戻ってきたとあります。

ここからはあくまで私の推測です。バンドン会議が報じられたり、教科書に載るようになったりした時代には、「ドゥ」という表記が使えなかったのではないでしょうか。そして「ドゥ」という表記が一般的になってからも、「バンドン」の表記は変わらなかったのではないでしょうか。
当時の新聞記事や日本新聞協会の方針資料に当たれば、確かなことがわかると思うのですが、当たっていないのであくまで推測です。でも、なんとなくこの説が正しいような気がしています。

名前が変わった人

ただ、この説が正しかったとしても、一つ謎は残ります。「なぜバンドン表記のままなのか」という謎です。日本語のカタカナ表記の問題なので、その国から要請がきた「キーウ」や「コートジボワール」とは違って、なかなか簡単には変えられないのでしょうか……と思いきや、「カタカナ表記が変わった人」がいました。

この人です。

ガンディー(Wikipedia『マハトマ・ガンディー』のページより引用)

ガンディーです。この人は私が子どものころ、「ガンジー」という人でした。綴りは「Gandhi」なので、より実際の発音に近い表記に改められ、教科書にもその表記で載ることになったのだと思います。今では「ガンディー」が一般的な表記になりました(実はこの変更もインド政府からの要請による……なんてことはないですよね?)。

ともかく、「ガンジー」が「ガンディー」に変わるなら、「バンドン」も「バンドゥン」に変わっていいのでは?
それとも「バンドン」が正しい理由が別にあるのでしょうか。誰か知っている人がいたら教えてください……。

#備忘録 #インドネシア #バンドン #カタカナ #井上ひさし


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