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【スラムダンク】豊玉の話をさせてくれないか

スラムダンク映画化、おめでとうございます。

当方は連載リアルタイムではないとはいえ、長年スラムダンクを嗜んできました。人生で初めて読んだジャンプ漫画。何百周読んだかわからない。

とは言え、なかなか人生においてスラムダンクについて語る機会がありませんでした。そこに映画化の報。ワッとみんなが反応しているタイムラインやトレンド欄をにこにこしながら眺めておりました。

しかしそこで、気が付いてしまったことがあります。

「もしかして、豊玉戦って、人気ない……?」

いくつもの名勝負を描いているスラムダンクでも、私は主人公チーム湘北高校VS大阪代表の豊玉高校、インターハイ初戦が大好きなのです。

ちょっと待ってくれよみんな……確かに豊玉戦は全体を通して見ると地味かもしれない、でもこの作品には欠かせない存在感を持ったパートだと思うんだ……俺に豊玉戦の魅力を語らせてくれ……

という思いが募ったので書きます。キャラの好みや細かいシーンの話をできる限り省き(なぜなら書きすぎてしまうから)、本作品において、この試合がいかに重要かつ興味深い試合であるかを書きたいと思います。

※読んでくださる方がスラムダンク読者であることを前提にしています。出てくる人物や用語の解説を省略し、ネタバレもしています。


〈どういう話をするの?〉

・豊玉戦はメタ的に勝敗がある程度予想できる試合のため、試合の結末以外にリソースを割くことができたということ。

・ラストバトルである山王戦の前に位置するため、作品全体の主題を確認するタイミングにあるということ。

・そのため、豊玉戦には作品全体を通しての主題や重要要素、価値観が濃く含まれており、スラムダンクという作品の魅力が詰まった試合だと言えるということ。

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豊玉戦の特徴として「他の試合に比べ、メタ的に勝敗の予想がつきやすい試合」であるということが挙げられる。

主人公のチームである湘北高校にとって、VS豊玉高校という試合はインターハイの第1回戦にあたる。2回戦目には山王工業という、高校バスケット界最強とされるチームと戦うことが既に示されている。

湘北の目標は全国制覇だ。そんなチームが、激戦区神奈川のトーナメントとリーグを通過し、ついに悲願の全国大会出場にこぎつけた。そんなタイミングで初めて出会う全国区のチームが豊玉高校だ。既に山王だけでなく、愛和学院、大栄学園、名朋工業など全国の並み居る強豪の顔見世も済んでいる。この状況で、初戦で湘北が敗北して夏が終わるという展開を予想する読者は少ないだろう。

状況が近い県大会第1戦の相手は三浦台高校だった。いわば「感じの悪い」チームとして描かれている。豊玉高校も、わざわざ試合のかなり前に相田彦一が大阪で岸本実理に会うシーンを用意してまで、豊玉高校のイメージを周到に作ってから当日を迎える。どちらが勝っても恨みっこなしのスポーツ漫画の世界観の中で、豊玉は限りなくヒールに近いポジションとして描かれる。主人公に倒されるべきチームとしてのデザインだ。

バトルの勝敗はエンターテインメントにおいてきわめて重要な要素にもかかわらず、その結果が読者にある程度見えてしまうというのは、トーナメント形式を描くスポーツ漫画の弱点と言えるかもしれない。実際、県大会のいくつかの試合はナレーションベースで詳細を省略している。つまらないからだ。

しかし、逆に言えば、勝敗以外の部分にコストを割くことができるとも言える。人間ドラマであったり、問題提起であったり、「この試合はどっちが勝つのか」という以外の部分を多く盛り込むことができる。

加えて、豊玉戦はこの作品で結果的に最終戦となる山王戦の1つ前の試合でもある。山王戦が単行本31巻のうち7巻を使っていることを見れば、勝敗の見えないゲームと伏線回収の両立をするのがいかに困難かがわかる。技術力に関しても友情や成長に関しても、とにかく総力戦となる試合の前に、改めて作品の哲学を読者に提示し、思い出した上で満を持して総力戦に臨んでもらうという意味で絶好のチャンスだった。

それでは、豊玉戦から読み取れる、「スラムダンク」という作品の魅力、根柢の哲学とは何か。以下に箇条書きしていく。


・バスケが好きだという気持ちの重要性

まず、これが最もわかりやすい。作中で非常に重要なキーとなるセリフは赤木晴子の「バスケットはお好きですか?」という言葉だ。スラムダンクは、この言葉に対し嘘をついた桜木花道が、本気でそう答えられるようになるまでを描いた物語。この非常に重要なセリフが、豊玉戦では北野前監督の言葉として出てくる。「バスケットは好きか?」

スポーツにおけるバトルには、本来なら善も悪もない。あくまでもフラットなチームや選手に、ある程度の説得力がある勝敗をつける作業において「作者の哲学」「世界観の哲学」にそのチームの在り方が合致しているかを符合させるのは方法の1つだ。世界観に肯定される思想を持つチームは勝利し、反したチームは敗北する。

「バスケが好き」という気持ちの重要性を描きたいなら、「バスケが好き」という気持ちを失った状態がどういうものかを描けばいい。豊玉の主将・南烈はバスケが楽しいという気持ちを失った選手として登場し、敗北する。このマインドにまっすぐに向き合ったストーリーが存在してこそ、山王戦のクライマックスに訪れる赤木晴子のセリフのリフレインが映えるのだ。

・「今」に向き合うことの必要性

山王戦における桜木の「オヤジの栄光時代はいつだよ…全日本のときか?」「オレは今なんだよ!」は非常に印象的なセリフだ。2013年に作者によって描かれた桜木のイメージスケッチには、設定群の中に「今」「今!今!今!」「今だけを見てる」と繰り返し書かれている。それが桜木のコンセプトであり、今だけを見ているからこその活躍が描かれる。

豊玉高校は、北野監督のいた過去、もしくは目標としていたベスト4の壁という未来を見ており、この試合という現在への集中力は全くなかったと言っていい。他を見てみると、その前に敗北した強豪である翔陽も湘北高校より先の海南戦に意識があった。「今」にかけることが重要だという価値観は、この試合を「緒戦」と見ていた山王との試合を迎える前に、豊玉戦で前もって示されている。ちなみに、「今」の象徴である桜木と、豊玉の南と翔陽の藤真が、ポジションの問題はあれど作中でほとんど会話をしていないのは非常に示唆的だ。

・高校生は子どもであり、大人はそれを見守る存在

スラムダンクは高校バスケットボールを描いている漫画だ。週刊少年ジャンプのメインターゲットである少年たちにとって、キャラクターたちは基本的に同世代か、もしくは少し上の年齢として捉えられていると想定できる。しかし、豊玉戦で突きつけられるのは、学校の決定に逆らえない、30代の監督の半分しか生きていない「子ども」としてのキャラクター像だ。ともすれば技術力も精神力もインフレしがちな少年漫画で、この物語があくまで高校生の物語であることを明確に描く試合であると考えられる。

加えて、スラムダンクという作品が基本的に「大人」という概念を好意的に捉えていることもこの試合に現れている。作中に登場する大人はつまり「監督」であり、それは「父」とも重ねて描かれる。作中の監督たちは基本的に人格者で、選手のことを思い、選手もそれを信頼し良い影響を受けている。作中でも特に有名なセリフの一つ、「諦めたらそこで試合終了だよ」は安西先生のものだ。これだけ重要だとして描かれている監督という存在を、実質的に欠いたチームの敗北は、作品における理想の大人と子どもの在り方を鮮やかに浮かび上がらせる。


以上のような点に加えて、物語を構成する重要な要素も豊玉戦1試合で押さえられる。

・桜木花道の成長

この作品のメインストーリーは、湘北高校というチームの成長と、主人公・桜木の成長だ。初心者だった桜木が次にどんなことができるようになるのかを、読者はわくわくしながら見守る。

豊玉戦は、桜木が個人合宿でジャンプシュートを習得した後の初めての試合だ。また、豊玉戦で桜木は「流川のプレーを見る」ということを覚え、さらなる成長のヒントを得る。1試合の中だけでも桜木が大きな成長を見せるこの試合では、作品の醍醐味を感じられる。

・ヤンキー漫画の要素

スポーツ漫画である本作はもう一つ、ヤンキー漫画という側面を持つ。ガラの悪い豊玉との試合はラフプレーの応酬になり、三井寿の襲撃以降要素を薄めていたヤンキー漫画としての本作を思い出させてくれる。

一方で、前述したような、作品の根底にある大人への信頼感は、不良とは相反する概念でもある。監督と選手との信頼関係がガタガタだった豊玉と比べ、桜木はこの試合で、安西先生との個人合宿の成果を発揮する。誰にも期待されていないという意識を抱えたヤンキーの桜木が、スポーツマンの桜木へと変わる物語だと本作を捉えると、監督と信頼関係を築き、ケンカ腰の相手とマッチアップしても反則退場していない豊玉戦は、一つの象徴的な試合だと言える。

そして、前述したように「結果の見えている試合」でありながら、それでいて試合展開のエキサイティングさは失われていないところも見どころだ。ハンデを負った流川のプレーや、桜木の初めてのジャンプシュート。度胸を買われた安田が登場するところなども面白い。また、最終的な点差は4点だったが、南が外した描写のある2本の3Pが入っていれば豊玉が勝っていたという、ギリギリのパワーバランスを保った試合運びがなされている。


以上のような点から、私は豊玉戦がスラムダンクという作品を読み解く上で欠かせない、非常に重要な観点を多く提示している作品だと考えている。


ひらったく言うと、ヤンキーがバスケで成長するっていうスラムダンクの基本を押さえられて、熱い泥臭さは残しつつ、同時にナイーブな部分に焦点を当てた、すごい試合だってこと。おしまい。

本当はキャラクター編だとか、「金平監督の年齢になってから読む豊玉戦」とか書きたい気持ちはやまやまなのですが、長すぎるのでやめます。この記事で、一人でもスラムダンクを読み返してみようかなという気持ちになっていただけたのなら幸いです。

今日はここまで。ありがとうございました。

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