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あしたのわたしは【短編連載小説】#2

#1 前回のあらすじ
旦那の単身赴任が決まり、私は少し育児疲れを癒す為に実家に美琴を預けて
昔からの友人と再会ランチに向かった。
その道中で見覚えのある背中を見つけ、よく見てみるといるはずのない旦那が見知らぬ女を連れて歩いていた。
腕を組みながら仲良さそうに歩く旦那と女の後ろ姿を見て、
訳が分からなくなった私は、友人をほったらかして帰宅した…。

あしたのわたしは#2

 携帯が鳴り止まない…。
帰宅した私は、先程までのモヤモヤが嘘のように落ち着いていた。
しかし、目の前の世界はやけに色が薄く感じていた。
携帯の着信音も、いつもは聞こえる外の雑音も、何も聞こえなかった。
ただ聞こえるのは心音。
私自身の心音がうな垂れた私を内側から急かしている。
ふと我に帰り、美琴の事を思い出す。
「…迎えに行かなきゃ」
何とか動き出した身体はやけに重かった。

なんとか実家に到着した私は、「いつも通りに」と道中決めていた。
そう、いつも通り。気をつけていたつもりだったのに…。

「美琴ー!」
「あ、ママー!」

渡り廊下奥から走ってくる愛娘は、こんな時でも愛くるしい。
母も奥から美琴を追いかけるように歩いてきた。
「早かったねー。友達とは会えたん?」
母は初め笑顔で語りかけてきたが、すぐに顔色が変わった。
「…あんたなんかあった?」
両親というのは本当に鋭い。我が子の異変には特に。
「ううん!なんで?」
私は、悟られまいと食い気味に答えてしまった。
こんな時、とても自分が嫌になる。
辛い時、しんどい時、悲しい時に「辛い」「しんどい」「悲しい」が
素直に言えない。強いわけでもないのに。
気づいてくれた母にはやはり敵わないな。

「…それなら良いけど。無理したらあかんよ?」
「なんかあったらすぐ言っておいで。」
そう言われたが、今すぐにでも泣き出したい気持ちを堪えて、
「はいはい!美琴ありがとね!ほら美琴、ばあばにバイバイは?」
「バイバイばあば!」
「またね美琴!またいつでもおいで」

玄関を閉めて美琴を自転車に乗せた途端、
目の前がボヤけた。
「…ママ?」
気づかないうちに、私は泣いていた。
何に対してかは分からない。
これからの育児と生活の事、旦那に裏切られたかもしれない事、
母の気遣い、こんな時でも変わらず愛くるしい愛娘を見てかもしれない。
「ごめんごめん!いこか!」
「…はーい」

私は今にも崩れてしまいそうな気持ちをグッと持ち直して、
夕暮れ時の薄暗い中、帰路に着いた。

 その後、旦那が帰ってくるまではモヤモヤを残したまま過ごしていた。
それでも私を保てていたのは、美琴がいたから。
日に日に成長していく我が子は輝いていた。本当にキラキラと。
私も日を追うごとに少しづつ回復していた。
「旦那が帰ってきたら話し合おう。それまでは美琴のために耐える」
そう決めて考えないようにしていた。

 事件の1週間後、旦那が帰ってきた。
「ただいまー。疲れたー。」
いつものトーンで疲れた事を表明してくる。
「おかえり。長い間お疲れ様。お風呂湧いてるよ。」
「おう、入ってくるわ。」
これもいつもの会話。そう、普段と何も変わらないような感じ。
このままいつも通り過ごしてしまえば、
何も悩むことも、辛い事も知らなくて済むのかな。と、
逃げ出したい気持ちなのは私だけ。
「美琴、ただいまー。良い子してたか?」
「パパおかえり!良い子にしてたよ?ね、ママ?」

そう突然聞かれた私は焦ってしまい、少しこもった声で答えた。
「そ、そうだねー。」
多分、美琴は私の異変に気づいている。
「そっか、パパお風呂入ってくるな」
美琴が気づける事を、旦那は気づかない。期待はしていない。

いつもの日常に戻ったかのようだった。私以外は。

美琴を寝かしつけ、旦那と二人リビングで向かい合った。
旦那は片手にビールで目線はテレビ。
私は膝の上に置いた両手を握りしめて、睨みつける。
流石に旦那も気づいたのか、少し驚いていた。
「なんだよ、怖い顔して」
意を決して、あの日のことを聞いた。
「1週間目、あなたは単身赴任に行ってたよね?」
「いきなりなんだよ。当たり前だろ。昨日までだって言ったろ?」
「だよね。ごめんね。
 この前あなたと見知らぬ女が仲良さそうに街中歩いてるの見ちゃったか ら。」

俯きながら言った私の言葉に、旦那も俯きながら言った。

「…ごめん」

この言葉で、私の中にある何かが音を立てて崩れた。


「あしたのわたしは #2」
つづく…

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