研究紹介「細菌の糖脂質でワクチンを改良」川原一芳(生命学系・教授)

川原

 私は細菌(バクテリア)の細胞膜にある糖脂質という物質の研究をしていますが、生命学系の在学生に向けて、そして私どもの学系を目指す受験生の皆さんにも向けて、ここで私の研究室の研究内容を紹介させて頂きます。
 
 細菌の細胞表層には細胞膜がありますが、細胞の内と外を仕切るために細胞膜は内部が疎水的で表面が親水的な構造をとっています。そのような表面の親水性を与える物質が糖脂質(1つの分子の中に脂質部分と糖質部分がある)です。私たちの研究室では乳酸菌(グラム陽性細菌)のグリセロ糖脂質、スフィンゴモナスという特殊なグラム陰性細菌のスフィンゴ糖脂質、海洋性細菌が作るセラミドなどについても研究していますが、その中でも最もよく知られた糖脂質が大腸菌などのグラム陰性細菌のリポ多糖です。リポ多糖はLPS、あるいはエンドトキシン(日本語では内毒素)とも呼ばれますが、それはこの糖脂質が強い免疫刺激活性を持っているからです。細菌に感染して体の中で菌が増殖すると熱が出て、最悪の場合には死に至りますが、その原因の多くはこの物質によるものです。しかし、腸管などから少しずつ体の中に入ってくると、適度に免疫系を刺激して、細菌やウイルスの感染を防いでくれるという「諸刃の剣」のような物質です。

図1

 最初に、図1を見てください。リポ多糖は大腸菌などの細胞の最表面にある外膜の外層部に存在していて、脂質部分の「リピドA」を細胞膜に埋め込んで親水的な糖鎖部分を細胞表面に出しています。大腸菌O157などのOの何番、というのはこの糖鎖部分の種類を表しています。そしてこのリピドA部分が強烈な免疫活性の本体です。この構造がマクロファージなどの免疫細胞の膜上にあるTLR4という受容体(発見から約20年ですが、今では高校の教科書にも「トル様受容体」として登場しています)に結合して、炎症性サイトカインと呼ばれるタンパク質を作り、免疫系が活性化するのです。これが行き過ぎるとサイトカインストームという全身の炎症状態が起こり、死に至ります(経路は異なりますが、コロナウイルス感染時にも同様の現象が起こります)。

 さてようやく、私の研究の話になりますが、このリピドAを遺伝子の面から人工的に改変して、様々な構造のものを作り出そうというのが、我々の研究です。実はサルモネラという細菌のリピドAを化学的に処理して少し構造を変えた「モノフォスフォリルリピドA(MPL)」という物質(図2を見てください)がアジュバント(抗体産生を促進する物質)として、G社の子宮頸がんワクチンに使用されているのですが、私はこの物質は免疫刺激効果が強すぎるため、副反応(ワクチンの場合、副作用ではなく、副反応と言います)が起こりやすいのではないかと疑っています。そこで、もっと構造を変化させて免疫刺激活性を弱くしたリピドAを作り出しアジュバントとして使うことで、ワクチンを改良できるのではないか、という考えで研究を行っています。

図2

 長年、学生と一緒にこの研究を行っているのですが、何年か前に炭素鎖12個の脂肪酸をリピドAに結合させる酵素の遺伝子を壊すことにより、図3のようなリピドAを持つ大腸菌の変異株を作ることに成功しました(図1と比べてください)。

図3

 ここまで来ると、後は、他の細菌から、類似の酵素遺伝子をクローニングしてこの変異株に入れてやることにより、いろいろな脂肪酸を結合したリピドAが作り出せるようになりました。これまでに、サルモネラの遺伝子を入れることにより図4AのようなリピドAを作り、またクレブシエラという肺炎の原因菌の遺伝子を入れることにより図4BのようなリピドAを作りました。これらはトル様受容体との結合力が変化して、いろいろな強さ(弱さ?)の免疫刺激活性を示すことがわかりました。これらの研究内容を専門家向けに書いた文章がありますので、下にURLと一緒に紹介しておきます。

図4

1.川原一芳、菅原健広、大澤絵美里、滝本博明、尾之上さくら、リピドA脂肪酸転移酵素遺伝子を利用した新しい構造を有するLPSの作出、エンドトキシン・自然免疫研究21:51~55、(2018)
https://www.juntendo.ac.jp/graduate/laboratory/labo/seikagaku_seitaibogyo/jeiis/pdf/No21/No21-3-09.pdf

2.川原一芳、谷口千穂、菅原健広、尾之上さくら、Klebsiella pneumoniaeのミリスチン酸転移酵素遺伝子を利用した大腸菌リピドAの改変、エンドトキシン・自然免疫研究22:49~53、(2019)
https://www.juntendo.ac.jp/graduate/laboratory/labo/seikagaku_seitaibogyo/jeiis/pdf/No22/No22-4-05.pdf

 現在は、カンピロバクターという食中毒菌(実はギランバレー症候群と言う手足が麻痺する恐ろしい病気の原因菌でもありますが)の遺伝子を使って、炭素鎖16の脂肪酸をリピドA分子の左側の部分に結合させるために試行錯誤を行っています。今年の卒業研究ではこのテーマを選んだ4年生が頑張ってとても良くできた卒業論文を書いてくれましたので、ここに紹介しておきます。別ファイルで添付しますので、将来、卒業研究を行うための参考にしてください。

 それから、最近、ある外国の雑誌に、リピドAの多様性と人工的な改変(リピドAエンジニアリング(リピドA工学?)と呼んでいます)について、私が文章(総説)を書きましたので、紹介しておきます。今流行りの「オープンアクセス」雑誌なので、誰でもネットで見ることができます。英語が読める人も読めない人も、ざっと目を通してみてください。

Kawahara, K., Variation, modification and engineering of lipid A in endotoxin of Gram-negative bacteria. Int. J. Mol. Sci. 2021, 22(5), 2281; https://doi.org/10.3390/ijms22052281

 最後のほうはちょっと専門的な文章になってしまい、わかりづらかったかもしれませんが、私の研究の雰囲気だけでも感じて頂くことができれば嬉しいです。この文章を読んでくれた方々と、将来一緒に研究する機会があることを心待ちにしています。

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