かつて紙魚という魚がいた話
紙魚(しみ)という魚を知っているだろうか
魚と言っても川や海に住んでいるのではなく、彼らは本の頁と頁の間にいた
紙魚と私の出会いは私がまだ小学生の頃である
私の祖父は難しい本を読むのが好きな人間だった
子供の頃、祖父の家に泊まりに行っては祖父の部屋にある本を適当に手に取って開いていた
なにが書いてあるのか、当時は理解できなかったが、様々な本をとにかく開いて見るのが好きだった
古びた本を開くと、ところどころ文字が掠れて読めなくなっている
祖父に、この読めなくなってしまった部分はどうしたのかと聞くと「それはシミに食べられてしまったんだよ」と教えてくれた
私には「シミ」という生き物が何かわからず、曖昧な返事をしたところ祖父がこちらに来なさいと私を本棚とは別の棚の前へ連れて行った
そこには紙片の入った小さなケースがあった
紙片には文字のようなインクの染みがあり、その上を小さな生き物が動いていた
その小さな生き物をよく見てみると、僅か1センチにも満たない生き物がいた
小さいが、たしかにそれは魚の形をしていた
祖父にお願いしてその魚を別のケースに入れて数匹譲ってもらった
こっそり自分の部屋に持ち帰り、祖父に教わったとおり、真っ白な紙片にマジックで色をつけた
たちまち色をつけた箇所に紙魚が集まってきた
しばらく見ているとすぐに色をつけた箇所は徐々に薄くなり、色がほぼわからなくなるとまた紙魚は各々好きな場所へ散っていった
それからというもの、私は暇があれば紙魚に様々なインクを与えた
紙魚にもそれぞれ好みがあるようで色によって食いつきが違った
それからしばらくは紙魚観察を楽しんでいたが、小学生の興味なんてものはすぐに移り変わるもので、いつのまにか紙魚にインクを与えることどころか、紙魚の存在すら忘れていた
紙魚の存在を再び思い出した頃には紙片は真っ白になっていて、そこに生物のいた痕跡はなにも残っていなかった
今ではもういつのまにか魚の紙魚はいなくなってしまい、紙魚といえば虫であるという認識が普通である
私が子供の頃みたあれは一体なんだったのか、祖父に騙されていたのか幻なのか…
そういえば、最近は海を泳ぐ豚も見なくなったな
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