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ユリイカ2020年9月号 特集『女オタクの現在』に寄せて

私の父は東京出身で公立高校の教師、そして校長まで務めましたが、女に学歴は必要ないという思想を持っていました。
若い頃赴任した埼玉県でトップ公立女子高校の浦和一女の生徒たちは、在学中から許嫁がいて、勉強はできるのにも関わらず、高校卒業後そのまま結婚していった、と父はよく言っていました。
父は結婚が遅かった。父は大学でバリケードを張って学生運動をしていた世代です。その父が若い頃の女子は大学へ進学せず結婚することが最良の道と考えられていたのでしょう。
でもいま時代はまったく違う。私はあらがって独学で父の出身校よりも難関の大学に進学した。そうして二十歳の誕生日に実家を出ました。以後、パートナーとふたりで生計を立てて暮らしています。

そんな私がなんの巡り合わせか、社会人として大学院へ行くことになり、父と同じマスターになりました。父の呪いは強く、私が学歴を積んで無駄ではないかと在学中は答えがでませんでした。
私自身は大学院では美学、特に映画に関する分析をされている准教授に師事しましたが、同じ科のオタク文化に興味関心を持つ学部生が多い別のゼミに(そこの教授は私の代では院生を持たなかったので)、私が学部生の指導に行っていました。
そこで、女性のオタク文化を論じたい学生の気運は高まっているものの、研究が少なく、また論文に引用できそうな文献は古く、そこからいまのオタク文化を研究で積み上げようにも、引用できそうな媒体はまったくないことを知りました。女性オタク文化のいまを伝えているのはかろうじてユリイカや美術手帖が2.5次元舞台を中心にオタク女子文化を特集したものだけでした。それを歯痒く思っていました。
女性オタク文化のいまを伝える研究を残さねば。まずは引用できる媒体に論を載せてもらわなければ。
卒業後一年。こんなに早く、この想いが叶うとは想像もできませんでした。ユリイカ編集部の明石さん本当にありがとうございました。

見本誌を送っていただき数日かけてすべて読みました。
やはり友人の筒井晴香さんの論考が好きでした。大学院で師事した平倉圭ゼミの後輩の麦島汐美さんも寄稿されていて驚きました。とても好きな文章でした。平倉ゼミからこの号にふたり載って、平倉先生も驚き喜んでくださって嬉しかった。
また、お会いしたことはないのですが、学部の先輩の岡田育さんを一方的に存じ上げていて憧れていたので、同じ号に載ることができ、恐れ多くも嬉しいです。

シスターフッドというのでしょうか。この号全体でおんなどうしの絆を肯定的に捉えようと試みているように感じました。
私もそう依頼されたわけではないものの、そういった方向で書いています。
時代の流れなのか編集者の狙いなのか。シスターフッドが強調されたこの号に「女オタク」と冠され、これからオタク研究をする学生が参照する書籍になったこと、とても意味深く思います。

私が書いたものは、長く女性向けオタク界隈にて第一線で活動した者の内からの感覚です。
「オタクと資本主義について経済学的に論じてくれ」とオーダーが来たのですが、とあるオタクのヒストリーとある程度俯瞰して書くバランスが難しかった。あまり成功していない気がします。ただひとつ必ず入れてくれと編集者に依頼されたことがあり、それは私のとある珍しい経験です。そうか、その経験が無名の私に依頼が来た理由だろうとわかり、進んで自ら書くことでもないので断ろうかずいぶん悩みましたが、清水寺の舞台から飛び降りる気持ちで原稿を納入しました。これが私の血です。とある経験が何かはユリイカをごらんください。
ユリイカは主にオタク研究をする学生や在野の研究者しか読まないだろうと割り切って胸を開いて心臓を見せたら真田さんが漫画を寄稿したというツイートがバズって心の底から動転しました。ファンです。第一話から毎回楽しみに追って読んでいます。しかしこれで普段ユリイカを読まない人も手に取ることになってしまった。また胃が痛くなりましたが、そのために、誰かいま同人活動をしている人で私のこの感覚を必要としていた人にも言葉が届くかもしれない。と願っています。

私にとっても、このオタク研究史に残る文献に私の経験を伝えられたこと、たいへんに嬉しく、オタク研究を志す学生たちの思想の一助になれましたら幸いです。学を積むことはこんな嬉しさがあるのだと、知りました。教師だった両親も同じ気持ちを持っているのかな。



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