第1話「五里渦中」
この小説は、私「キチガイゴミヤリチン王子」が推測したとある人物のエピソードを段階を追って紹介しながら、補足や分析を交えて語っていこうと思う。
思い返せば、その人物がTwitterでの活躍を飛び越え、小説サイトへの投稿を始めたのは、3日前。(自称)21歳の大学生だった2015年5月。世間ではゴールデンウィークが終わり、いつものつまらないネットの日常が再開した時期で、この文章もそこから語り始めよう。
なお、この『小説は』フィクションである。実在の人物・団体・企業とは一切関係がないことを、あらかじめお伝えしておく。
東京・台東区。
上野駅から昭和通りを北に進むと、いくらもしないうちに、古い建物ばかりが目立つようになる。巨大な駅も、天を突くような高層ビルも見当たらない。都会の喧騒は嘘のように消えてしまい、まるで別世界にやってきたかのような錯覚におちいる。
路地を一本入れば、そこはアパートが立ち並ぶ住宅街だ。迷路のように入り組んだ道の両脇には、いずれも年季が入った建物が並んでいる。日本の首都というイメージからは程遠い、どこか郷愁を呼び起こすような一角だ。
そのさらに奥。表通りからは見えない、細い細い路地の先。古びた3階建てのアパートに、彼らの事務所はある。といっても、外から見ただけで、ここがオフィスだと気付く人は少ないだろう。看板も表札もない。アパート前の郵便受けはすっかり塗装が剥げ、下から赤茶けた錆の色をのぞかせている。ともすれば廃墟にすら見える建物に、だから普段から誰も寄り付かなかった。時々室内から漏れ聞こえる話し声に注意を払う人などほとんどいない。
「予定通り、次の段階にいくぞ」
「……う、うん」
五月の陽光もほとんど入らない七畳ほどの汚い和室で、二人の男がノートパソコンの画面を見つつ何やら話している。一人は小太りで、顔をしめったような汗でテカらせている男。もう一人は、エラの浮いた馬面で、神経質に爪を噛んでいるやせぎすの男。両者の体格は対照的だが、二人とも血色が悪く、分厚いメガネをかけていることだけは一致していた。
小太りの方が、不安げな表情でつぶやく。
「でも、本当にいいのかなあ、こんなことして」
「今さら何言ってんだ、このバカ!」
「だ、だってさぁ……」
「今までどんだけ地道に準備してきたと思ってるんだ? この半年の努力を全部無駄にするつもりかよ、お前はっ」
馬面が険しい声で責めるが、小太りはそれでも暗い表情のままだ。ちなみに、小太りの方の名前は勅使河原江陸(てしがはら えりく)、馬面の方の名前は左衛門三郎定久(さえもんざぶろう さだひさ)というのだが、文字数が多くて読みにくいので、この小説では仮名として小太りのことを「リク」、馬面のことを「サダ」と呼ぶことにする。
日光の入らない部屋の中、PC画面の光に照らされて、二人の顔だけが青白くぼうっと浮かび上がっていた。モニタの向こうには、かわいらしい女性のアイコンと、いくつもの文字列が並んでいる。二人が操作している気配はないが、時折文字列が下にスクロールし、新たな文字がそこに追加されていた。
「ネタを探してはつぶやいて、パクツイ対策にひっかからないようにいちいち文面も変えて、エゴサしては俺たちの名前をつぶやいてる人をフォローして、リプにも細かく受け答えして、FacebookもLINEアカウントも作って……それでやっと、やっとここまでたどりついたんだろうが!」
「わ、わかってる、わかってるってば」
彼らが見ている画面は、Twitterと呼ばれるウェブサイトだ。140文字の文章を投稿して他のユーザーたちとコミュニケーションをとる、いわゆるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と呼ばれるものの最大手である。彼らはこのサイトに登録し、半年ほど前からひたすら、ただひたすら、自らのファンを増やす活動に没頭していた。
Twitterの仕組みは単純だ。他の人の投稿(つぶやきと呼ばれる)を見て、気に入った人がいれば「フォロー」する。フォローすれば、わざわざ探しに行かなくても、その人のつぶやきを常に自分の画面に表示することができるという仕組みだ。
逆に、自分が誰かに「フォロー」されることもある。これは誰かが自分のつぶやきを気に入り、自分の画面に常に表示したいと思ってくれた、ということだ。こうして自分をフォローしてくれた人のことを「フォロワー」と呼ぶ。
Twitterでの活動は、この「フォロー/フォロワー」という関係が基本となる。特に重要なのがフォロワーの数で、これが大きくなるほど、自分のつぶやきが誰かに見られる可能性が高くなる。誰かが自分のつぶやきを引用する「リツイート」が起きる可能性も増し、サイト内での影響力が強くなっていくのだ。彼らがこの半年間行っていた「ファンを増やす活動」とはつまり、自分のフォロワーを、あの手この手を使って増やそうとすることにほかならない。
他のユーザーのつぶやきに返信をするリプライ(リプ)、自分のユーザー名を検索して、話題にしている人を探すエゴサーチ(エゴサ)……そして何より彼らが重視したのは、話題を集めているツイートをそのままパクって使う「パクツイ」である。
例えば、こんなツイートがある。
左下の数字は、このつぶやきがリツイートされた数を示している。実に20000人近くの人がつぶやいている計算だ。それぞれの人たちの持つフォロワーを考えると、とんでもない数のユーザーにこの発言が見られているのが分かる。
そしてこれが「パクツイ」だ。
(魚拓)
リクとサダの二人に、自分の頭で面白い文章を考える力はなかった。第一、毎日毎日大ヒットする言葉を考えてつぶやける人間なんて、よっぽどの天才か、よっぽどのヒマ人だけだ。だからこうやって他人の発言をパクる。ネットの海は広大だ。元ネタを知らず、単純に「面白い!」と思ってリツイートする人は多くいる。古い発言を選べばパクりが発覚する確率は低くなるし、ある程度注目を集めたら後はツイートを消すことで、証拠も簡単に隠滅できる。「魚拓」と呼ばれるウェブサイトの保存サービスでも使われない限り、発覚することはない。こうして彼らは順調にフォロワーを増やし、今やそれなりの有名人になっていた。
「ここまでくれば、俺たちの影響力は無視できないくらいの規模になる。いよいよなんだ。いよいよ俺とお前、二人の夢が叶うんだぞ?」
サダは目を輝かせて熱弁をふるう。だが、リクの表情はうかないままだ。
「やっぱりおかしいよ。だってこんな人気、ズルじゃないか。こんなことで夢をかなえたって、嬉しくないよ」
「……まぁた始まった。もう何度も何度も説明したのに、ほんっとーに物分りが悪いな、お前は」
サダは見下すような目つきでリクを見る。それから、まるで小学生や幼稚園児に聞かせるように、ゆっくりと話し始めた。
「いいか? Twitterは本でも、漫画でも、論文でもない。どれだけ面白かろうが、ただのつぶやきだ。飲み屋でオッサンがくだらねえ笑い話してるのとおんなじさ。パクったところで何が悪いんだ? 第一、今までゴチャゴチャ文句をつけてくるのはどいつもこいつも関係ない第三者ばっかだっただろ。本人から文句言われたこと、あるか?」
「そりゃ、ない、けど……」
「だろ? 普通のやつは、自分が言ったちょっと面白いことをパクられたくらいで、いちいち目くじらなんて立てたりしねぇんだ。いつだって噛み付いてくるのは、変に正義感こじらせたしょーもねえ奴らばっかりなのさ。気にするだけ時間の無駄なんだよ。それに言っただろ? 俺らのはパクりじゃねえ。オマージュだ」
そう。彼らは人気者のつぶやきをそのまま使うことはしない。常にわずかに文面を変え、多少なりのオリジナリティを主張できるように予防線を張っているのだ。
見比べれば一目瞭然。
(魚拓)
また他のサイトからネタを拾ってきて、発覚しにくくするテクニックもある。
(魚拓)
(ボケて より)
「いいか? 俺たちはただ、人気者からちょっとの間だけ、発言を借りてるだけだ。そのまま丸ごとパクってるわけじゃないし、少し時間が経てばすぐに消す。お前だって、どこかで聞いた笑い話を、さも自分が考えたみたいに他人に話したことくらい、あるだろ?」
「僕、友達いないから」
「……とにかくだ。俺たちは間違ったことは何もしてねえ。そりゃ本当は、自分の力で注目を集めて、人気者になれればいいだろうさ。だけど、俺にもお前にも、そんな才能はねえんだ。なあ、リク。才能がなけりゃ、上目指しちゃいけないのか? お行儀よくできない奴は、夢を諦めて、あがくのもスッパリやめて、身分相応に地ベタを這いずって生きるしかねえのか?」
「それは、だって」
「俺は嫌だぞ。凡人だろうが、クズだろうが、諦めたくなんかねえ。例え後ろ指をさされようが、絶対に最後まであがいてやるって決めたんだ。お前もそう思ってたから、俺と一緒に来たんじゃなかったのか。違うのかよ、リク!」
語るうちに、サダの口調はだんだんと興奮したものに変わってきていた。血色の悪い顔が紅潮し、口の端からは唾がとぶ。リクは怯えたような目で、それを黙って見つめていた。
「これまでにもさんざんバカにされてきたさ。いつまで夢にしがみついてんだ、いい加減に現実を見ろ、お前に才能なんかねえ、単に世の中に向き合うことから逃げてるだけだ、ってなあ。クソッ、クソが! 俺にだって意地があるんだよ! このまま、このまま終わってたまるか。絶対に成功して、見返してやるんだ。違うか? お前はそう思ってないのか?」
言い切ると、サダは肩を上下させて荒い息をついた。
気まずい雰囲気が漂う。
「ごめん」
しばらくしてポツリとつぶやいたのは、リクだった。蚊の鳴くような声だったが、その奥には確かに熱がこもっている。
「うん。そうだね。……僕も、あきらめたくない」
「……そうだろうが」
サダがようやく笑みをみせ、リクも遠慮がちにほほえむ。このやり取りは、たびたび繰り返される儀式のようなものだった。サダが激して、リクが受け止める。それは明確な上下関係のように見えて、実は対等なやりとりだった。お互いに同じ劣等感を抱えているもの同士の、傷の舐めあい。
しかし、その日々は今日で終わるはずだった。これから二人は、新たなステージに進むのだ。
「おっしゃ! じゃ、早速やるぞ。もう準備はできてるんだろ?」
「うん」
二人には野望があった。
それは、「小説家として成功する」というもの。
才能がなくても。
努力が報われなくても。
それでも成功をつかむために、彼らは架空の人格を作り出した。
Twitterのプロフィール画像には女性を使った。男より女の方が、なんだかんだで人気を集めやすいからだ。狙ったのは……自分たちと同じ、自尊心を抱けない人間たち。依存心、満たされない孤独、尽きない不満……その手の心については、彼ら自身が誰よりよく知っている。同種の人間が少し目立てば、きっと彼らは放っておいても寄って来るはずだ。「彼女は自分の代弁者だ」あるいは「もう一人の私だ」などと、都合のいい幻想を抱いて。
「ここまで来るの、長かったなあ」
「……そうだね」
「これからが、いよいよ本番だ。いいか、目指すはトップだぞ。それ以外は負けと同じだと思え」
「うまくいくかなあ?」
「バッカ。だから弱気になるなっつーの。見てみろよ。そりゃ漫画の方は読者は多いけど、小説の方はほとんど廃墟もいいとこじゃねえか。トップの票数が2000ちょいだ? ハッ、こっちにゃ20000人のフォロワーがいる。一日100人がコメントすりゃ、20日で俺らがトップだ。そっからハクつけて出版社に持ちめば、書籍化、映画化も見えてくる。いいか、これが第一歩だ。こっから俺たちの成功が始まるんだ」
「……そういえば、小説のタイトル決めるの忘れてた」
「Twitterと同じ名前でいいだろ。検索にひっかかる率も高くなるし、何より目を惹く。へへっ、思えばあのネーミングも俺にしちゃ良いセンスだったな。よっしゃ! 今日から更新開始だ。小説のタイトルは―ー」
つづく。
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