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曇り空を見ながらあの日のことを思い出す



こいつ、何て言うんやろう…


自分が言葉を投げかけ相手が話すまでのコンマ数秒。
普段の自然な会話ではこの間を意識することは少なく、
ただただ相手の言葉を待っている。


過去に1度、私の中のもう1人の私。
そう遊戯王でいう「もう1人の僕、闇遊戯」


言わば「闇Roberto」が

「こいつ、なんて言うんやろ…」
と語りかけてきた時があった。


大学1年生のこのくらいの、ちょうど夏休みに入った時期。


高3から始めた回転寿司チェーン店で
時給900円で働きコツコツ貯めてきた10万円で
俺はロードバイクを買った。メーカーはFUJI。


知人のイケメン大学生のおすすめということで
俺は高揚感に溢れていた。


数秒後にその感情は1mmも無くなるとは知らずに。 


ロードバイクに初めて跨った感想は
「買わんかったらよかった〜」
椅子の位置も高く、かなりの前傾姿勢にびびった。


幼稚園、小1くらいのコマなし自転車の練習で
誰もが感じたことがある、転ける恐怖。


それと同じ感覚を久しぶりに味わったのだ。
18歳の自分は高校までがっつり野球をしていたし
運動神経にもそこそこ自信があったタイプ。


そんな俺が恐怖するんだから
よほど自分のイメージと違ったんだろう。

まぁ運動神経抜群の俺は乗り始め10分後には
恐怖を克服しこのロードバイクを乗りこなした。


そこからの俺はどこへ行くのにも
このロードバイクに乗っていった。


徒歩5分の地元の集まりにも。


今の親友のJとここまで仲良くなるきっかけと
なったのもこのロードバイクと言っても過言ではない。


俺のロードバイクを見たJは
俺に憧れたのかすぐさま「ピスト」という
変速のないスポーツタイプの自転車を購入。


そこから共にチャリ旅をするようになった。


京都・大阪・難波、ありとあらゆる場所を
自転車で巡った。


そこで夏休みの半ば。

俺たちは2週間の東京旅行を実行。
急遽決まったことで2週間のバイトの代わりを
探すのが本当に大変だったのを覚えている。


4万円ほどの資金を握りしめ出発。
確か18時くらいに出発した気がする。


大阪から1号線をずっと進んだ。永遠に。


夜中の2時頃に大雨が降り、コインランドリー前で
並んで立ち小便をしながら

「引き返そか」


「でもここまで来て帰るのだるない?」


というやり取りをしたのを鮮明に覚えている。

それでも眠たい目を擦りながらただ闇雲にひたすら進んだ。



やがて朝日が見え、気温も上昇。
雨で濡れた体を綺麗にしたいという想いで
朝風呂を入りに銭湯へいった。


この旅の癒しがこの、銭湯タイムだった。


俺らはこのチャリ旅で毎日の銭湯を楽しみに
ひたすら東京を目指した。


出発から26時間後の夜8時頃に名古屋に到着。
約200kmを走った。東京までは約400km。


俺は名古屋に着いた時点で思った。


「これ東京まで行く〜?」

「しんどない?」


決して口にはしなかったが奴も思ったはずだ。


JR名古屋駅のモニュメントに腰を下ろし
俺たちは少し休んだ。

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ぶっ通しで動いていたせいか
1度腰を下ろしたらもう立てなくなっていた。

「体がだるい」

「しんどい」心の声が漏れた。

するとJが

「電車で行く?」  と提案。

俺はこの時「電車で行く?」と

野太いJの声が女神の声に聞こえた。


俺はそんな気持ちとは裏腹に
「まぁピストしんどそうやし、そーするか」と
いかにも俺自身はまだまだ自転車で行くつもりだったが
Jの疲労が限界そうだったからという口実を作った。


電車で東京へ向かうことになってからの俺たちは
すぐさま立ち上がり、栄市のドンキホーテへ向かい
輪行バッグを。閉店間際のチケットショップで
「青春18切符」を買った。

青春18切符の期限は1日。この時間からでは
鈍行で東京まで行けない。

俺たちは始発で行くことにした。


名古屋駅のモニュメント付近には
売れない路上ライバーがたくさんいた。

入れ替わる路上ライバーの歌声を子守唄に
俺たちは路上スリーパーとなった。

翌朝、始発で東京へ向かった。


この移動の間で俺たちは東京へ行く目的を探した。


服を買いに行こうと決めていたが
考えれば、服は大阪にもある。
きっと梅田や難波にあるショップと
置いている服は変わらない。


東京の名所を自転車で回るのは当然とし
何かしたい、残したいという思いから
髪を切ることにした。


当時流行っていたSNS。mixiでカットモデル募集を探し
代官山にあるおしゃれな美容室と話がついた。


東京につき、俺たちは最初に服を買いに行った。

東京、代官山、青山、カットモデル。
大阪の田舎から出てきた服装ではまずいという思考。


そこそこおしゃれな服を買い、銭湯で体を清め
その夜、カットモデルへ行った。


俺は原宿が似合う爽やかボーイ。

奴は独特の雰囲気を持つパーマスタイルを注文。


今でこそ流行っているが約10年前には
あまり周りにいなかった「ツーブロック」に
仕上げてもらった。


シャンプーをしてくれたお姉さん。
東京に来て初めてしゃべる女性。
年は割と近め。3つ上くらいだろう。
好きになるには十分だった。

これまでの経験上、シャンプーの時間は
マッサージ含め長くても15分そこらだったが
お姉さんとの時間は30分ほど続いた。


きっとお姉さんも俺に惚れてたんだと思う。
シャンプーの強さも優しかったし
お湯の加減も聞いてくれた。
最後には「痒いところはない?」とも。
きっと俺に惚れていたんだと思う。


大阪の早口、食い気味でしゃべる女性とは違い
ゆっくりとした上品な口調に旅の疲れが飛んだ。


Jもちょうど横の髪を耳にかけれる長さの
パーマスタイルで、変貌を遂げた。
ただ俺の率直な意見としては
「身長低いから似合わんなぁ」だった。


Jの身長は当時163cm(現在165cm)と低め。
イキった少年にしか見えなかったのはここだけの話。


名古屋を始発で出発した長い1日が終わった。


カットモデルの次の日、俺らは1日中旅をした。
夜は銭湯へは行かずに髪型をキープ。
東京CITY BOYへと変身し街へ繰り出した。


この旅、ホテルは予約していない。
睡眠は全てマクドナルド。
2人とも爆睡すると店員に注意されるため
交互に30分ずつ睡眠し、朝まで過ごした。


コンセントも無料で開放しており
本当にマクドナルドには助けられた。


カットモデル後にマクドナルドで過ごしたのだが
交互に30分ずつ睡眠が非常にしんどかった。
そもそも椅子で寝るのも腰が痛い。
自転車でも座りっぱなしで腰が痛い。
そんな中寝ては起きてを繰り返しては
取れる疲れも取れないのだ。


まぁ朝から渋谷・原宿・お台場・下北沢・明治神宮
東京タワー・スカイツリーと色々行った。


行き先へのナビは序盤Jがやってくれた。
口には出さなかったが携帯でナビをしながら
自転車で移動するのは相当しんどかったようだ。


浅草へ向かう辺り、
やや切れた口調で「ナビ変わってや」とJが放った。
俺は異変を感じ取りすぐさま
「ごめんなぁ、変わるわぁ」と。


ただこれは俺がいけないんだが
ナビは当時のiPhoneだと地面と並行に持たないと
GPS機能がうまく作動しない。
(携帯のカメラが地面を向いている状態)


そのことを知らない俺は
携帯を縦に持ちナビをしていた。
(携帯のカメラが進行方向を向いている状態)


すると、「あ、こっちやった」
「あ、反対やった」と道を間違える始末。
GPSがうまく機能しないため現在地が
コロコロ変わってしまうのだ。


痺れを切らしたJが「ええわ、俺やるわ」と。


その日のJと俺の会話はこれが最後だった。


観光が長引き夜中になってしまい
銭湯はどこも閉まっておりこの日は
観光後、マクドで寝ることにした。
無口なムード、マクドでの疲れが取れない睡眠
東京2日目の夜は最悪なまま終わってしまった。


東京3日目の朝。


朝風呂へ行く。昨日のJのナビの負担から
俺は睡眠も短めに周辺で朝風呂をしている
銭湯を探し、Jの起床を待った。


俺が見つけた銭湯は「燕湯」
台東区にある老舗の銭湯だ。


俺はいい雰囲気で3日目を過ごしたいという思いから
「ナビするわ」と言ったんだが、
昨日のように遠回りをするのが
嫌だったのか、「ええわ俺やるわ」とJが言った。


俺は、小さく「ありがとう」と言い
「台東区の燕湯ってところやってるわ」と言った。


Jは機嫌悪そうに「おう」と返した。


俺はJの後ろをついていった。


俺の調べでは10分以内で着くと書いていたんだが
一向につかない。15分、20分、と経っても。


ただ、ナビをミスりまくった俺が
「道あってるん?」とも言い出せる訳もなく
ひたすら進んだ。


俺は後ろでこっそりナビを確認した。


現在地 世田谷区


俺はJに「台東区の燕湯」と言った。
東京の土地勘は無かったため、
台東区・世田谷区の距離はわからない。


もう一度携帯を見た。


現在地 世田谷区


今度は詳細を確認した。


周りに台東区はない。


するとJが「着いたわ」と言った。

俺は耳を疑った。「え?」
聞き返した。


Jは「着いたわ、つばめ湯」と言ってきた。


俺がホームページで見た台東区の燕湯とは
全く違った、世田谷区奥沢のつばめ湯だった。

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この店、朝風呂はやっていない。


「ここちゃうで、ここ朝風呂やってないで」

と俺は言った。


「台東区の燕湯って言わんかったっけ?」

と続けて言った。


Jがこっちに振り返った。


じっと見つめてきた。



俺は思った。

「こいつ、なんて言うんやろう…」


Jは照れ臭そうに

「平仮名のつばめ湯やったわ」と言った。


俺は思った。ナビで俺に対しボロクソ言っている奴は
決して間違えてはいけない。何故ならボロクソ言ったから。


俺の中で二つの感情が湧き上がった。


「こいつボロクソ言ったんなんやってん」


「こいつ絶対今ドキドキしてるやん、恥ずかし」


一気に後者の感情が強くなり俺は爆笑した。


ここから俺がナビをした。楽しく会話をしながら。


このプチ喧嘩が俺らの絆を深くしたんだと思う。

ここからJとは喧嘩もなく思ったことを
言いあえる関係になった。相棒だ。

ちょっとした人間関係トラブルも
案外こういうハプニングでよくなるもんさ。


その後入った燕湯のお湯はいつもより温かく感じた。

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気持ちが高揚したせいか、東京のお湯の温度のせいか。


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