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映画『ひとりぼっちじゃない』を観て

僕は、うまくコミュニケーションがとれない

ススメは人とコミュニケーションがとれない。
他人との接し方がわからない上に、自分がどう見られているのか気になってしかたない。だからいつも不安げで、ひとり所在なさげにしている。
 
一方、風変わりでマイペースな宮子は、ススメのように不安げな様子は見られない。ゆっくりとした話し方はまるで相手を催眠術にかけているかのようでも、夢の中にいるようでもあり、口数についてはススメと同様、とても少ない。
 
 
他者とコミュニケーションを取るのに一番有効な方法は、言葉で話すことだと思う。とすると、どうだろう。人とコミュニケーションがうまくとれないのは、ススメだけではなく、宮子も同じなのではないか。
宮子はふんわりと鷹揚で、誰でも受け入れているように見えて実のところ誰とも深くわかり合えていない。わかり合うことを望んでいるのかさえもよくわからない。そのわからなさが人を混乱させ、溺れさてしまうのだが、それすら本人の望みでも企みでもないような気がする。つまり、他人とわかり合えていないという点で、ススメと宮子は同列なのだと思う。そして、他人だけでなく自分のことがわからないという点でも、やはりススメと宮子は同列な気がしてならない。
 

ススメは宮子のことを「僕ですらわからない僕のことを理解してくれる」と言い、「僕は宮子さんのこと理解できていない」と悩む。宮子を理解し、その実像を掴みたいが故にススメは宮子の木彫りを作っていたのだと思うのだが、そもそも宮子自身が自分を理解していない気がするのだ。
宮子がいつもふんわりと白い色の服を纏っていたように、自分らしい何色かを宮子は持っていなかったのではないか。だとすると、ススメがどんなに宮子を知りたくても、実体のないものを正確に理解することなど出来るはずがない。

ススメが宮子に恋をしていなかったら、そういうことがもっと早くにわかったかもしれなかった。けれど恋の中でじたばたしているうちに、足のつかない水の中に深く溺れていってしまう。そういうことが、人を好きになるとよく起きる。

そういえばラストシーンで宮子の部屋に置かれていた木彫りは、顔の輪郭をなしていなかった。一度はきちんと彫り上げたものを、あやふやな形に仕上げたススメ。僕には宮子の実態を掴むことができなかったという意味か、あるいは、その苦しい願いを手放せたということだろうか。
 

映画もひとつのコミュニケーション

ところで、話すのが苦手なススメと口数の少ない宮子を描いたこの映画は、セリフが極端に少ない。饒舌な映画が多い中、ここまで会話が少ない映画も珍しいし、人とコミュニケーションを取るのに一番有効な方法が言葉で話すことなのだとしたら、この映画もまたコミュニケーションが上手じゃない映画、ということになるのだろうか。
 
少ない言葉で何を伝えるか、伝わるか。
言葉だけに頼らず何を受け取れるのか、それを試されているような気がするけれど、確かに何かしら受け取ったような気がする。

その証拠かどうかは怪しいけれど、印象深いシーンのひとつは言葉のない別れのシーンだった。震えるススメの後ろ姿と、宮子のうつろな表情がものすごく胸に痛かった。来る者拒まず去る者追わずの宮子が、あんなに悲しい顔をするとは思わなかったから。
人とうまく付き合えないススメはいつも孤独だったけれど、本当に孤独なのは宮子かもしれないと、あの顔を見てしまったらそう思えた。

寂しさは、ひとりでいるから生まれるものじゃない。わかり合いたい人が隣にいるのにわかり合えないその時、寂しさはやってくる。ススメはいつもひとりぼっちだったけれど、宮子と出会って本当の「寂しい」を知り、そしてそこから去ることを選んだ。ススメは手放し、宮子は失ったわけだ。
宮子のそばには色んな人がいるようで、本当はいつも「去られてしまった側」だったんじゃないだろうか。別れる時の宮子の顔が、その悲しみと諦めを物語っていたような気が、私にはした。
 

ススメの選んだ結末

最後にススメが自分らしくないことをしようと選んだ土地が長崎だと聞いて私は少しほっとした気持ちになった。それは、そこが比較的温暖な土地だからだと思う。異国や寒さの厳しい場所ではなく、あたたかい場所を選んだところに、ススメの希望を見たような気がした。
坂の多い土地という点には、宮子の家へ向かう坂道を思い出させるような気がして微かな不安がよぎってしまったのだが・・・。いやもっと言うと、母親への言葉が最期の挨拶のようにも聞こえて不安を覚えた。もしかしたらススメ自身、どこかで迷っていたのではないかとも思う。だけど、早々に引き上げようとしたススメを二人が本気で引き留め、それを受け入れた時、ススメの心が本当に決まった。長崎へ行こうと。なんとなくそんな気もした。

正解はわからない。原作を読んだらヒントがあるだろうか?とも思うのだけど、今はただ、今までより少しだけ胸を張り、両手を振って歩いているススメの姿を想像してみたい。うまく笑えているかはわからないけれど、きっと「お水ください」と聞こえる声で言っているんじゃないだろうか。


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