見出し画像

柳沢きみおからボクたちへ受け継がれるヘヴィネス-名作「男の自画像」を語ろう。

今日、神保町に行ってきた。

意味なんてどこにもないさ。思いつきですよ。行きたかったからだ。シンプルにそれだけの理由でボクは神保町を目指すことにした。御茶ノ水で降り、ディスクユニオンレアグルーヴ館前を通過、明治大学を横目に三省堂書店を冷やかす。20代初頭、ボクはよく明治大学に忍びこんでいたものだよなァと思いながら。三省堂書店前の立ち食い蕎麦屋はいつのまにかラーメン豚山に変貌していたが、東京って街でそんな変化は昔から日常茶飯事なので気にしない。ボクが目指したのは小学館前の町中華「三幸園」。ここで五目炒飯をやっつけるのが目的だったのだが満席だったので諦める。いつのまにか増殖しているカレー屋連合軍のスパイシーな香りに誘われるもちょいと気分じゃないので早々に退散。ってボクはいったいなんのために御茶ノ水〜神保町に来たんだっての!

神保町といえばかつてボクが常連だった本屋のひとつに高岡書店があった。

発売日の数日前からコミック新刊を売るこの店にはボクと同じような、「誰よりも早く面白いものに触れたい」クレイジーな本好きが多数いたはずだ。この店がなくなってずいぶん経つが高岡書店でマンガを爆買いしたあの日々のことをボクは一生忘れないだろう。南阿佐ケ谷の書原、ブックファースト渋谷店(これは東急文化村近くにあったほうね)、、愛した本屋たちはどんどん消えていく。本の街、神保町にたどり着いても昔ほど長時間滞在しなくなったしなァ。さらば、ボクの愛した本屋たちよ。

高岡書店では「大市民」アクションコミックス版をよく購入した。「極悪貧乏人」(知ってるかい?)もこの店だったんじゃないかな。ああ、「SHOP自分」も買ったわ買った。懐かしいなァ。コロナのせいで今の時代、まさに「SHOP自分」になっちゃったよなァ。さすが柳沢きみお。


さて今回、ボクは別に消えていく本屋について語りたかったわけじゃない。歴史に埋もれようとしている名作について語りたいだけなのだ。

柳沢きみおに「男の自画像」という作品がある。

中年サラリーマンが主人公なのだが、実は元プロ野球選手。変化球の多用が原因で肘を壊し引退、野球選手時代に元CAの妻と結婚し2児の父だが愛情はとっくに醒めており、年下のOLと密かに逢瀬を重ねている日常から物語は始まる。

この設定だけなら80年代中期〜後期に量産した柳沢流中年哀歌だ。同系統でいえば「愛人」、「未望人」、「俺には俺の唄がある」、短編集「Bのアルバム」なんかがそうだ。主にアクション〜ビッグコミック系によく掲載されていた鬱屈するサラリーマンの感情を酒と女にぶつける姿が生々しくもまた哀しい物語たちと変わらない。

だが、「男の自画像」は「自分はまだやれる」と安定したサラリーマン生活を捨て、野球選手としてのカムバックへ突き進む。このカムバックへの道のりがまた泣かせるのだ。読んでないってひと、人生の9割損してます。今からでも読むべき。男なら全員泣く。

主人公、並木雄二は36歳。かつては東京セネターズ(ヤクルトスワローズがモデル)のピッチャーで新潟大学からノンプロを経てプロ入り。1975〜76年は二桁勝利を果たすが得意のシュート多用で肘を壊し自由契約、引退へ。安定したサラリーマン生活を送る中、かつてバッテリーを組んでいた益山と再会、彼が営む焼き鳥屋で旧交を暖める中、かつてのセネターズ時代の後輩がアル中で孤独死を迎えていることを知る。片手にボールを握りしめていたまま、死を迎えていたその姿を見ながら並木は自分の中でふつふつと野球への未練が残っていることを悟る。

もう冒頭から最高。元CAの妻もいい具合にやな感じの女だし。そして並木は密かにプロ野球復帰を目指し自主トレを開始する。

これだけなら単なる柳沢きみお版「新巨人の星」ですよ。だけど2年連続二桁勝利で自由契約ってリアリティ、そして焼き鳥屋の益山を始め次から次へと登場する元プロ野球選手たちの第二の人生を描いていくことで絶妙な苦味が加わり、単なるサラリーマン不倫ものには終わらないストーリーテーラー柳沢きみおの凄味が最後の最後まで楽しめる物語になっているんですよ。もうね、ボクは言いたい。弘兼憲史を読むならこの時期の柳沢ですよって。

並木雄二って男はですね、ほぼ10歳下のOL晴江の安アパートに出入りしながらプロ野球復帰を目指そうと考えていたんですよ。まあ仕方がない。だって会社に辞表出したら奥さん子供連れて実家に帰っちゃったんだもん。だが晴江も他のブランニューラブをすでに見つけてたわけ。で、並木はポイ捨てされちゃう。頼りは焼き鳥屋の益山のみになっちゃった。状況、かなりヘヴィですよ。また並木が妙にストイックなんだなァ。プロ野球復帰のメドがつくまで自分で「女断ち」とかしてんだもん。で欲求不満で眠れず体調もいまいちになり、ついでに古傷の肘も痛み出し、、の悪循環をねちっこく描いてる。だけど妙にリアルに響くんだなァ。そこがいい。

無事セネターズに復帰しても並木の苦闘は続いてく。木崎コーチに嫌われているので並木はチーム内で不当な扱いを受けるシーンもまたリアルなわけ。コーチとの不仲ってプロ野球あるあるじゃないですか。そこをちゃんと描いてるのってこの時代なかなかなかったんですよ。「こいつをうまく仕上げて1軍にあげたところで俺にメリットはないしな」とか木崎は最高に感じ悪いキャラなんです。実際いそうだよな、木崎コーチみたいな人間。

野球マンガって当たり前ですけど試合が中心じゃないですか。「男の自画像」の場合、もちろん試合シーンはあるんだけどそこでの駆け引きが中心ではなく、試合外の監督やコーチとのやりとり、野球選手としてのライフスタイル、40近くの中年男の体力低下問題などなど(柳沢ワールドなのでもちろん愛人問題も)丁寧に描かれているので読んでて不快じゃないわけです。

この作品が連載されていた1986〜89年って、野球選手第二の人生なんてさほど話題にあがってこない時代。今じゃ年末恒例の「プロ野球戦力外通告」なんて番組成り立ってますけどね。ナレーションの東山紀之はこの時期少年隊で超多忙アイドルですよってそれは全然関係ないですね。まあ東山紀之といえば柳沢きみお「青き炎」にそっくりな学生ホストが登場してたよなァとかつい思い出しがちですけどね。この時代の「いい男」テンプレみたいな存在ではあったから仕方ないですよね。アハ。

「男の自画像」で忘れられないキャラクターのひとりに大河内和成がいる。元広島カープで退団後はヤクザの道に。組からの鉄砲玉指令のより死んじゃうんだが、その恋人だった順子がのち並木の愛人となるわけです。大河内、鉄砲玉前夜に並木の自主トレにバット持参で登場するんだな。大河内、人生最後の打席。これもまた(長年愛した野球に対しての)男のケジメのつけ方じゃないですか。

キャッチャー益山の存在も切ない。一緒に焼き鳥屋を営んでいた女房に逃げられ、並木のプロ復帰をサポート(練習だけじゃなく無職の並木を店で雇ってたんですよね)するも球団復帰後はお役御免、店の経営も悪化し田舎に帰還だもんな。これもまた男の人生。

他にも運送屋をやりながらアマチュア野球を楽しむ加賀、西武ライオンズの森監督などそれぞれが人生における自分なりの「自画像」を模索する様が淡々と描かれており、ボクの中では柳沢ワールドの中でベスト3に入る傑作だと思っている。

結末もしっかり描かれており、物語の破綻はゼロ。レコード会社を舞台にした「流行唄」みたいにカケバアタル的強烈なキャラは不在がゆえ地味な作品だけどもマンガで育った中年〜老年世代とっては必ずや突き刺さる名作だと思うんですけどね。

転生したらゾンビなのかスライムなのかみたいなファンタジックな作風ばかりがマンガじゃないんですよ。可愛い魔女も出てこないしトキメキ要素はゼロ。だけどね、たまには読み手を不快一歩直前まで陥れるヘヴィネス満載のマンガに浸ってみるのも悪くないですよ。サラリーマンドロップアウト路線の「流行唄」「愛人」「妻をめとらば」好きなひとは全員読むべきだし、裏社会ノワール系の「青き炎」や「東京BJ」を読んだことがないなんておかしいと思うもんな。そりゃあ現実逃避にはつらいかもしれない。救いようのない話も多いし。だけどあえてそんな「出口なし」な状況の世界観にあえて浸ることで見えてくるものってあるもん。ふう、やっぱ柳沢きみお作品、世の中不当に扱いすぎですよ。ああ「翔んだカップル」読んだことあるわ、とか「月とスッポン」は昔単行本持ってたなァとか、そういうひと多いと思うんです。ボクは言いたい。昔読んでたなら今読めよと(笑)頼むぜ。

そろそろみんな柳沢きみおの真の魅力に気づこうぜ。そして語り合おう。「妻をめとらば」最終シーンで主人公は生きていたのか。「SHOP自分」のチョクは紅茶で染めたTシャツ以外にヒット作を世に送り出すことはできたのかとか。

さあてボクは今日はときめきラブコメぶち壊しの名作「翔んだカップル」続編シリーズでも読もうかなァ。あの普及の名作は続編で別れるわ、それぞれ新しい恋人見つけるわ、どっちも破局っつう明るい要素一切なしの名作。ボクは思う。世界規模で韓流ひとり勝ちの現状を打破するのは柳沢きみおしかいないんじゃないかと。映像化したところで救いようのないヘヴィネス。そんなダークでビターな世界観に今あえて立ち向かっていくのってアリだと思うんですけどね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?