見出し画像

五目焼きそばと「特命係長只野仁」

五目焼きそばを食べたいと思うことってあるよね?

油ぎっとりのデロデロのやつ。ボクの中で五目焼きそばといえば油ぎっとりじゃなきゃダメなんだな。
そう思うきっかけは「美味しんぼ」でも「クッキングパパ」でも「スーパー食いしん坊」でもなく
まして「ミスター味っ子」でもない。高橋留美子のマンガだったんですよ。

80年代初頭。「うる星やつら」のムック本がサンデーグラフィックシリーズとして刊行されていて、そこに高橋のエッセイ漫画が掲載されていた。けもこびるという同人誌時代のペンネームをそのままに「けもこびるの日記」と銘打たれたこの短編シリーズ。今ではかなり貴重な高橋留美子の当時の生活を知る上で記録だったりするんだけど単行本にはなってない。

好きだったんですけどね。「けもこびるの日記」。80年代の週刊連載を持つ漫画家の日常を描く貴重な記録なんで単行本化求む。

とにかく高橋留美子の描く五目焼きそばは妙に旨そうなんですよ。
「うる星やつら」初期でもそんなシーンがありました。あとは「1ポンドの福音」扉絵での立ち食い蕎麦。
時としてマンガってやつは読み手の食欲をかきたてる。高橋留美子風の擬音をガンギメながら、ずぞぞぞぞとすすりたくなっちまうんだ。要するに魂が呼ぶフード、つまりソウルフードって気がする。


ボクが好きなエピソードは仕事の合間に食事に出かける高橋本人がいつも五目焼きそばばかりをオーダーするのもアレだしなと悩む回。今日こそは五目チャーハンをと意気込むも結局ルーティーンのように「五目焼きそば」と口にしてしまい、後悔しながらギトギトの焼きそばをすするシーン。なぜかむちゃくちゃ旨そうに思えたんだな。あ、食べてみてえと。同時にどうしてそんなオーダー間違いなんかしたんだろーなーとか田舎の中学生のボクは思ったんですけど、これは一人暮らしを始めてみてようやく理解できたポイントでしたね。


学生時代のボクにとってのソウルフードは王将の衣笠定食(炒飯1.5人前/餃子2人前/唐揚げ1人前/卵スープ/キャベツの千切り少々がワンプレート)だった。土山しげる的にキメるとすれば気分は爆食キングってやつですな、はい。ちなみに気分はグルービーは佐藤宏之ね。週刊少年チャンピオン連載のバンドもの。ああ、懐かしい。全巻持ってますよ!

さて衣笠定食の話だった。これを完食すると胃にもたれて夜中に腹が減らない利点があるというただそれだけのリーズンで日々これを食らっていた。千円で缶コーヒー2本は買える絶妙なお釣りってのも評価が高かった。で帰宅してだらだらと缶コーヒーと煙草。朝方眠りに落ちて夕方起床しまた王将。この生活を3ヶ月続けたら10キロ痩せたんだよなァ。実質1日1食をドカ食いだもん。不健康な痩せ方だと帰省した瞬間親に怒られた1989年、何も言えなくて夏。やばいかもと思いデイリー王将はやめました。そういや少年サンデーで昔漫画家のインタビュー連載があって、ゆうきまさみも駆け出しの頃、似たような食生活をしていたと激白してました。

で、王将ドカ食いはやばいと若き日のボクは考え直し自分なりにルーティーンを考えてみた。CoCo壱番屋で800gカレーにカツとチーズをトッピングを夜食べて「胃にもたれたなあ」と缶コーヒーと煙草。翌日夕方起床したら天下一品、、以下同文。思ったのはまずいリズムでベルが鳴るby大澤誉志幸。この1日1食べがまずいってことで昼に学食チェックインとか食の幅を貧乏学生なりに考えるようになったんですけどね。アタマのどっかにけもこびる的日常、五目焼きそばルーティーンがインプットされてたんでしょうな。

ってここまで書いてて食べたくなったなァ、五目焼きそば。どっかいい店ないかなァ。

そんな風に五目焼きそばに想いをはせながらボクは柳沢きみおのことを考える。


「特命係長只野仁」。柳沢のことを知らなくてもこの作品のことを知ってるひとは多いだろう。
ギャグにラブコメ、中年ハードボイルドものに裏社会ノワールもの、、と多くのジャンルを手がけてきた柳沢きみおのすべての魅力が詰まったこの作品。まさに五目焼きそばのごとく様々な旨味が一気に押し寄せる、現時点での最後のヒット作であり、今も続く「大市民」と並ぶ柳沢きみおのライフワーク的作品。

ボクは「特命係長只野仁」が始まったとき、柳沢の逆襲だと思った。

90年代の柳沢は青年誌を舞台にとにかく描きまくっていた。集英社をのぞけば青年誌を出してる出版社とはほぼ全部仕事をしてたんじゃないか。だがどれも短命に終わりブレイクスルーまでには至らなかった。
まあ「極棒兄弟」とかが大ヒットしても本人は困ってしまっただろうけど。

ちなみに「特命〜」はケータイコミックとしもヒット、コンビニ廉価版も様々なヴァージョンが存在。
今も電子限定で配信されている「柳沢きみおマガジン」で最新作が連載されており(てか柳沢きみおマガジン続いてるのか?と思いきや、、続行中である)氏の作品の中で最も長く続いていることはあえて書いておく。ちなみにサブタイトルで「大人味」とついている。まあなァ、、只野も50代だしな。

80年代中盤から90年代にかけて、柳沢は中年男の哀愁をハードボイルドに描くことで大人の愚痴をエンタテインメントに仕立て上げた。この功績は偉大だ。弘兼憲史の「島耕作」シリーズが今も続くロングラン作品になったのも、柳沢が中年サラリーマンを主人公に大量の作品を製造/流通させたからこそだとボクは思っている。「瑠璃色ゼネレーション」で夫婦W不倫をスピリッツという王道青年誌で描き、結婚できない男たちの悲哀を描いた「妻をめとらば」での主人公八一のクズっぷりを真正面から描いた功績がいまだ正当に評価されていない事実にボクはモヤモヤするばかりだ。ねえ、みんな読んでる?読んでないよね?ちゃんと読んだほうがいいと思うんですけどね。

で、「特命係長」ですよ。大手広告代理店を舞台に社内で暗躍する恋愛のこじれからのストーカー被害やら横領やらドラッグ被害などなどを会長の指令で片付けていく社内特命事件処理班、というか只野仁1名だけなんだが90年代に柳沢が描いてきた様々な大人向けコンテンツの美味しい部分をぎゅっと凝縮した集大成的意味合いもあるんだろうなァ。ここんとこは事件解決よりも、只野と会長がテイクアウトの唐揚げの魅力について語ってるだけという「大市民」エッセンスさえぶっこんでくるカオスぶりであり、そのジャンルに縛られないフリースタイルさこそマンガだよなァなんてボクは思うのだ。

おそらく「只野仁」シリーズはこの先再評価されることはないだろう。

マンガ史の教科書みたいなものがあるとして、どれだけのスペースをさいて語られるのか。
ないだろうなァ、おそらく。マンガ史として語られるのは「翔んだカップル」、チャンピオンに連載していた「月とスッポン」とか。モテなさすぎて借金して女に貢ぐもポイ捨てされた男が整形して復讐しまくる「極悪貧乏人」(未完)、女が苦手なラガーマン(ビール会社勤務)と男が苦手な美女によるエロコメ「形式結婚」とか絶対に語られることはないはずだ。

エロス!ショック!!サスペンス!!!そしてさらにエロ!時々B級グルメとこれでもかとてんこ盛りな、まさしく油ギトギトの五目焼きそばのごとく、この作品はボクらの脳幹を刺激する。この作品にはポップアートがどうしたこうしたとかの理屈も、海外でウケそうなスタイリッシュな絵柄もスマートでキャッチーなキャラもない。だけど読ませる力はあるんだな。今じゃだいぶ減ったけど、昔は街のなんでもないラーメン屋とか中華料理店には油で薄汚れた週刊漫画誌が当たり前のように積まれていた。月刊少年ジャンプに同じく月刊の少年マガジン。とりいかずよしの「うわさの天海」、山上たつひこの「快僧のざらし」に永井豪の「けっこう仮面」とか
そういうとこ初めて読んだんですよ。ジャンクなエンタテインメント。これもマンガの正しい側面だと思うんですね。どうだと言わんばかりにただひたすら受け手を刺激する、まるで東映黄金期のようなエンタテインメントの王道をいく作風ってやっぱり貴重だと思うんですよ。

今年話題になった韓流ドラマ「イカゲーム」を観て、「おうおう、「カイジ」じゃねえか」(大市民風)と解釈するのは簡単だ。だけども、ボクはあの作品に柳沢きみのDNAを感じたんですよね。嘘だと思うなら「極悪貧乏人」や「DINO」、そして「特命係長只野仁」に「市民ポリス69」を読んでごらんよ。
そこで展開されるのは韓流にも負けず劣らずな極上のエンタテインメント。

だからボクはあえて言おう。韓流に勝てるのは柳沢きみおですよ!キミの押入れに眠ってるコンビニ廉価版コミック「特命係長〜」を引っ張り出すときはまさに今だ。
今じゃブックオフにすらほぼ在庫はない柳沢きみおの作品たち。まんだらけに行っても作者別コーナーに並ぶラインナップはとても薄い。電子読み放題も一時期ほどカタログで揃えられてるわけじゃない。

でもね、だからこそ探して欲しい。どうしても読みたい場合はボクに言ってくれ。
貸してあげるよ。気が向いたらだけどさ。アハ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?