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ALL YOU NEED IS・・・「ひのまる劇場」

ああ、なんかよき加減。なんだ、この愛おしさは。

僕にとって「ひのまる劇場」というマンガはそんな存在。何度読み返したかわからない。ジャンプコミックスも持ってるけれど、95年に発売されたイーストプレス版は装丁含めて完璧。そして江口寿史さん自身のあとがき。これが最高。この作品を描いてたとき、よく聴いてたレコードが大滝詠一の「ア・ロング・ヴァケイション」とYMOの「BGM」ってのもまた。
80年代初頭の時代の匂い、という意味では次作「ストップ!ひばりくん」よりも濃厚な気がする・・というのは僕の思い入れが強いせいかもしれない。
だけど好きなんだから仕方ないよねえ、ほんとに。


第一回目の扉絵の80`s感。そして部屋に散らばるレコードジャケット。寝ぼけながら散乱するレコードを仕舞う仕草。探偵事務所って設定、起きたら喫茶店でモーニングを食べる、そこにいる常連客、もちろん喫茶店のスタッフの女の子は可愛くて当たり前。

そんな生活に憧れた。
いや、別に探偵になりたいということではなくて、たとえばこういうこと。レコードジャケットが散乱、朝は喫茶店でモーニング、可愛い女の子と無駄話、自由業への漠然とした憧れを刺戟する、随所に現れる絶妙なポイントがいちいち好きだった。それこそ「ひのまる劇場」第1回目の2ページ目、3ページ目で描写されるああゆう部屋に住みたかった。8ページ目から登場す「MIYAKO」という名の喫茶店に通い詰めたかった。ファミレスのドリンクバーもない、スターバックスも上陸前の時代。喫茶店って存在だけで憧れだったわけです。

連載スタートが81年の1月で、僕は小学五年生。それまで10歳上の従兄の家に積み上げられている「少年チャンピオン」や「少年ジャンプ」は読んでいたけど、あの頃はジャンプよりもチャンピオンが好きだった。僕がジャンプに傾斜していくのは同じクラスの「リングにかけろ」マニアの東海林くんの影響が大きい。お年玉で買ったパワーリストとパワーアンクルを常備して登校する彼から「リングにかけろ」と「すすめ!パイレーツ」を教えてもらった。教室でブーメランフックを撃つ練習をしながら「コロコロコミックをいつまでも読んでんじゃねえぞ。車田正美と江口寿史を読まなきゃこれからは話になんね」(秋田弁)で熱弁をふるわれ、僕は80年末に「すすめ!パイレーツ」の単行本を購入した。東海林くんからは1巻と2巻を借りたけど、読んで「これは自分で買わねばなんね」(秋田弁)と思った。藤子不二雄と水島新司以外の作家で初めて買ったのが「すすめ!パイレーツ」だった。

パイレーツの連載が終わり、「ひのまる劇場」の連載が始まるのも東海林くんに教えてもらった。東海林くんはいつもジャージ姿で登校していた。雪国、秋田の冬は寒い。それでもジャージオンリー、おまけに坊主頭の彼はいつも寒そうに見えたけど、ストーブで暖かい教室の中でひとり熱くジャンプ愛を語る東海林くんは「次の江口寿史の「ひのまる劇場」はすげえんだよ。あたらしいんだ、なにもかもが」と語っていた。コロコロコミックしか知らなかった自分にとって、(従兄以外で)読んだことのないマンガの伝道師は東海林くんだった。
僕は「ひのまる劇場」を読んで、東京ってすげえなあと思った。この登場人物みたいな格好いい生活がしたいなと思った。積雪2メートルは当たり前の雪国文化で生活していた僕にとって「ひのまる劇場」はここではないどこかへ、トリップさせてくれるマンガを超えた存在だったんですよ。

大滝詠一も山下達郎も、YMOすら知らなかった当時の僕にとって、「ひのまる劇場」はユース・カルチャーへの道標だったし、のちに僕は「ストップ!ひばりくん」でタワーレコードのロゴを初体験、東北のメディア過疎地帯で粛々と「宝島」やロッキンオンで情報を得て日々をやり過ごすことを覚えるわけだけど、その文化的基盤を作ってくれたのは「ひのまる劇場」だったし江口寿史さんのマンガだった。おそらく東海林くんにまんま影響されて車田正美フリークになっていたら今の僕はない。あ、読んでましたけどね。「リングにかけろ」、「風魔の小次郎」に「実録!神輪会」。ブーメランフックより、ブーメランスクエア誕生のくだりとかむさぼり読んだものです。テリウスにウイニング・ザ・レインボーあたりになると荒唐無稽過ぎた 笑。

当時は絵の魅力と軽妙なギャグのテンポが真新しくって読んでいたけど、これが大人になるにつれ、探偵でバディ物で、ってことで「傷だらけの天使」だとか「俺たちは天使だ」とか、70年代の青春ドラマにきっと影響を受けているんだろうなとかわかってきたのはだいぶ後になってから。白智小五郎と戸田光国のコンビ、ショーケンと水谷豊、松田優作と中村雅俊みたいな、あの時代のドラマ独特のデコボココンビの匂い。「傷だらけの天使」とか「探偵物語」ってフィルムで撮影されたもの独自の荒っぽさとか含め、どうしようもなく愛おしいじゃないですか。「ひのまる劇場」にはそういう愛おしさがあるんですよ。

もしくは進化の途中経過報告的な胎動感。ビートルズにおける「ラバーソウル」であり「リヴォルバー」、大滝詠一における「ナイアガラカレンダー」、山下達郎における「ムーングロウ」、「It`s a poppin` time」みたいな。ブレイクスルーしちゃった「ア・ロング・ヴァケイション」や「RIDE ON TIME」みたいなキャッチーさには欠けるかもしれないけど、アーティスト自体のエッセンスはまじ濃厚、みたいな。ポール・マッカートニーが宅録シリーズをいまだ続けてるみたいな感じというか。

このテキストを書くにあたって、あらためて読み直してみたけど「怪盗マウス・キッド前編」の扉絵とかTシャツ欲しいもんなあって思うぐらいイカす。回を重ねるにつれ、絵柄の進化ぶりがすごいんです。最終回あたりはもう「ひばりくん」の頃に近い。てゆうか、これ少年誌で連載されてたんだよね?それが凄い。岩崎宏美とか、もちろん時代を感じるギャグもあるけど、連載時より5年遅くてちょうどよかったんじゃないだろうか。それこそスピリッツやアクション、ヤンジャンとかで連載していたら・・なんて思うほど。かっこいい絵でギャグで笑わせる。今なら和山やまとか近いのかもしれない。80〜90`sリバイバルの気分を高めるのならば「ひばりくん」はアイコンとしてわかりやすいのかもしれないけど、あの時代独特の気分みたいなものを味わいたいのであれば「ひのまる劇場」だと思うんですけどね。

長々と書きましたが、もちろん僕は「ひばりくん」も好きだけど、江口作品のマイベストワンを選べと言われれば迷わず「ひのまる劇場」。次点が「爆発ディナーショウ」。これは譲らない。てゆうか、未読の方は読んで欲しい。ほんとに。

「ひのまる劇場」連載途中で僕は転校、福島での生活が始まった。僕にとってのマンガ伝道師、東海林くんとはそれっきりだ。そのまま高校卒業まで福島ライフは続く。「ストップ!ひばりくん」、「エイジ」、「なんとかなるデショ!」はリアルタイムで読むことができた。
「パパリンコ物語」はスピリッツの存在に気づいたときには掲載されなくなっていた(だけどミスタードーナツのパパリンコグラスはコンプリートした)けど、ロッキンオン・ジャパン初期に連載されていた「THIS IS ROCK!」は好きだったなあ。「おはよう、ブライアン」の回を読んでブライアン・ウィルソンのソロアルバム購入したんだった。

自分にとってのアンテナ感度の基礎みたいなものって皆さんそれぞれあるんだと思う。僕にとっての基礎は「ひのまる劇場」にある。(後追いだけど)大滝詠一の「ア・ロング・ヴァケイション」、(これも後追い)山下達郎の「FOR YOU」や「RIDE ON TIME」と並んでとても大事な存在なのです。

ああ、東海林くん。君はいまでもパワーリスト、パワーアンクルをつけてジャージ姿で日々を過ごしてるんだろうか。読み過ぎて装丁がボロボロになってしまった「ひのまる劇場」を手に取り、久々に彼のことを思い出した。

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