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1992年の裕木奈江(最強伝説)①


「推し、燃ゆ」(宇佐見りん著)の芥川賞を受けてってわけじゃないけどアイドルを題材とした「文学」はこれからどんどん陽の目を浴びていく気がするなあ、とぼんやり思っている。

先日上梓された「キャッシー」(中森明夫著)然り。現役アイドルによる「トラペジウム」(高山一美/乃木坂46)、そして少々古くなるが、ボクが敬愛してやまない作家、小林信彦にも「極東セレナーデ」という傑作があるし。

アイドルは目指すということだけでも特殊な体験だ。そしてそこに関わるということはファンという立場だろうと、スタッフという立場でも特殊体験であることに変わりはない。非日常体験ってことだけで立派な物語は成立しやすいじゃないですか。「推し」、「ガチ恋」、「ピンチケ」などなど、、、非日常へ自ら入ろうと思わないかぎり、なかなか出会えない文化ではある。まあ、世代やなんやかんやでその「推し」の形は違ってるんだろうけれども。なかなか知ることのない世界を覗き見するのが文学の基本だ、なんて「編集王」(土田世紀)にも描いてた気がするけど、今後も出てくるような気がするんですよね。売れたアイドルの物語、売れなかった話、バーチャルでの話、、角度を変えればいくらでも出てくるし。


ここでボクのある「推し」との出会いを書こうと思う。


1992年、残暑がまだまだ厳しい9月の京都。
深夜、たまたまつけっぱなしにしていたテレビでボクは彼女を知った。
裕木奈江という女優の存在を。

「ビコーズ・アイ・ラブ・ユー」というドラマが始まっていた。ドラマ冒頭で裕木の「ターゲットロックオン!」というセリフから物語はスタート。ええ、ロックオンされました。見事に。
尾行が趣味という女子大生役という設定からして素晴らしい。
ファーストシーンはたしか渋谷駅前の雑踏、スクランブル交差点とかだった記憶があるけど、映像も観れる術がないのであくまでボクのおぼろげな記憶でしかない。
90年代初頭の東京を舞台にした、ちょっと不思議なドラマだった。
尾行が趣味って設定からして「少し不思議な」少女って感じじゃないですか。
すぐそばにいそうで、いない絶妙なバランス。

テレビ朝日系のネオドラマという深夜ドラマ枠というのは、後々知った。4夜連続放送の1夜目にボクはどうやら間に合ったらしい。

「ビコーズ・アイ・ラブ・ユー」をきっかけに主演の裕木奈江に夢中になった。ネットで情報を探ることも出来なかったあの時代、彼女の初主演「曖昧Me」までどうやって遡ったんだろう。おそらくレンタルビデオ屋の棚を漁って、情報を入手したような気がする。88年に映画「ソウルミュージック、ラバーズ・オンリー」、91年には映画「あさってダンス」にも出演している。この辺も下宿の隣にあったレンタルビデオ屋で総ざらいした。


この年、官女は「北の国から」のたま子役で注目を集め、実際そこで知ったひとも多かったと思うが、そういう意味ではボクは完全に乗り遅れていた。

当時、ボクは太秦映画村の駐車場隣の築40年、風呂なしトイレ共同のアパートに住んでいた。家賃は共益費込みで2万円。京都撮影所というところでエキストラのアルバイトに励んでいた時期でもある。現在進行形の朝ドラ「おちょやん」の世界ですよ。大部屋待ちで1日何役もこなした。いわゆる大部屋扱いで、朝7時に撮影所に入りメイク開始。ドーランを塗りたくられ、かつらをセットし、植木職人、浪人、侍その他大勢役などをこなしていく。なんでそんなバイトをしていたかというと家から近かったことと、日払いで6〜7千円、撮影がおすと超過料金も加算され1万円を越えることもあったので、朝早いことを除けば学生の身分からすればおいしいバイトだったのだ。ただし時代劇がほとんどだったので当時流行っていたトレンディ(死語)な女優と一緒の現場は皆無。たまの現代劇も「金田一シリーズ」で現場にいくとそこには古谷一行がいた。嵯峨野の方のお寺かどっかでのロケだったと思う。ボクは金田一役の古谷一行とすれ違う役を経験している。この辺の話だけでエピソードは幾つもあるのでまた今度。

毎日、江戸時代やら新しくても明治大正昭和の初期、ぐらいの時代設定の世界に自分の身を置いていたせいもあるのだろう。この夜、たまたま観た「ビコーズ・アイ・ラブ・ユー」というドラマは新鮮だった。裕木奈江という女優がものすごく新しい存在に感じれた。ほどなくして彼女が小林信彦原作のドラマに主演することを知る。「極東セレナーデ」という、ごく普通の女の子がある日突然アイドルになって、、という話。「ウーマンドリーム」と改題され、オンエアが始まったのがこの年の秋のこと。もちろん毎回観た。まさか後々このドラマの音楽制作を担当した会社に入社することになるとはこの時点で思いもよらなかったけど笑。

ヤングジャンプのグラビアに彼女はよく掲載されていたので、その週は必ず買った。ヤンジャンを購入したのは小4の頃、創刊号を買って以来だった。内容があまりに青年誌寄りだったため、親に見つかり即刻怒られ捨てられて以来。彼女の映画やドラマを観るだけのためにビデオデッキも購入した。エキストラのバイト代3日分をつぎ込んだけど惜しくもなんともなかった。
ヤングジャンプのグラビア展開は94年頃まで続いてたんじゃないだろうか。入れ替わるように誌面には広末涼子が現れたけど熱量はだいぶ違う。数年前、伊勢丹新宿店で買い物中の広末さんをお見かけしたときはさすがにときめいたけど(もちろん声はかけてません)。

バブルはもう崩壊していた時代。アイドル冬の時代、とも言われるこの時期、裕木奈江という存在はかなり特殊だったと思う。どこにもハマらない存在感。この少し前だと宮沢りえ、牧瀬里穂、観月ありさという3Mが持てはやされていたし、トレンディなドラマの世界では中山美穂、鈴木保奈美などなど。彼女はどの枠でもなかった。強いて言うのであれば「どこにでもいそうで、いない」という(もはやこの時代でも使い古されたものだけど)表現が似合う女の子。

地上波連ドラとかを普通にこなしながら、「時には母のない子のように」とか、はっぴいえんどのカヴァーなんかをさらりと演ってしまうセンスはサブカル中2病患者の希望の灯じゃないですか。しかもメドレーですよ。「夏なんです」〜「氷雨月のスケッチ」〜「かくれんぼ」。ちゃんと細野、鈴木(茂)、大滝と振り分けている気配りも最高じゃないですか。いや、最強。

そして裕木奈江の魅力はとことん役柄に憑依してしまう力強さだ。「北の国から」はたま子でしかないし、「ビコーズ・アイ・ラブ・ユー」も「ウーマンドリーム」の朝倉利奈も、「ポケベルが鳴らなくて」の保坂育未も、まるで彼女のために最初からあったような演技を、存在感を発揮する。映画「光の雨」の鬼気迫る演技は凄かったし、上映されてた渋谷の映画館で3回観た。「おしまいの日」の坂田三津子役も最高ですよ。新井素子の原作は映画見てから読みました。うまいとか、そういうことではない。観るものをぐいっと引き寄せる豪腕さ。たとえクリント・イースドウッドの映画だろうが「ツインピークス」だろうがそこは変わらない。似たスタンスの女優として、何人か思い浮かぶことはあるけども、どれもピンとこない。いや、ひとりだけ知ってるな、ぴったりのひとが。そう、美内すずえの「ガラスの仮面」の北島マヤだ。

北島マヤは変幻自在に。演劇「たけくらべ」、高校の倉庫での一人芝居、地下劇場での人形役、舞台あらしと恐れらたり、ライバル姫川とのダブルキャストによるヘレン・ケラー役、「真夏の夜の夢」での妖精パック、に狼少女ジェーン、、、うん、やはりリアル北島マヤは裕木奈江だ。変幻自在に舞台、テレビドラマ、映画とディバイス問わず役柄に憑依する女優、北島マヤ。その姿と裕木奈江はボクからすれば見事にかぶる。たま子も朝倉利奈も保坂育未も代役なんて考えられないじゃないですか。

もう2年ぐらい前になるのか。久々に地上波の連ドラに彼女が出演していたけど、その役柄への憑依ぶりは変わらず健在だった。脇役なのに他出演者が霞んでしまう圧倒的存在感。やっぱりここでも「ガラスの仮面」を思い出した。栄進座の原田菊子先生(©ガラスの仮面)でも同じことを思っただろうな。少なくてもボクはそう思うよ。

そんなわけでボクはいまだに裕木奈江のファンである。今じゃ海外作品にも出演するような存在だけど、変わらず彼女の出演作は追い続けている。と、ここまで書いたテキストをあらためて読み直してみて、自分の熱量の空回りっぷりに呆れている。おそらく興味ないひとにとってみれば読んでるだけでつらい文章だろう。読むひとが読めばキモいとすら思われても仕方がない。だけどね、「推し」とは暴走かつ疾走する熱量にうかされることなんですよ。なんて、ここまで書いてて日本映画専門チャンネルで「ウーマンドリーム」一挙放映を知り、慌てて録画する(録画しました/筆者注)。


ものすごく大事なことが欠落したまま文章を書いてる気がするし、書きたいことの半分も書けてない気がするけど、ボクはデビュー曲「硝子のピノキオ」や「泣いてないってば」よりも「拗ねてごめん」が一番好きですね。もちろんはっぴいえんどのカヴァーも最高。数年前に帰国して東京でライブを演った際に作品提供などでコラボレイトしていた松本隆、細野晴臣らが観に来ていたってのもわかる。演技同様、彼女の声にはやっぱり独特の存在感があるんですよね。

とりあえず願うことは、今や幻の深夜ドラマになってしまった「ビコーズ・アイ・ラブ・ユー」、配信オンリーでもいいから観れるようになって欲しい。あ、あとソニー時代の楽曲、サブスク全解禁。こちらも願うばかり。そして裕木さんにはもっともっと日本での出演作を増やして欲しいと願ってやまないわけです。


と、ここまで書いても書き足りないのでその2に続くことにいたします。

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