散文詩 リナと絨毯(2004年)

 太陽は今や、異様に紅いオレンジの果肉をとろかして、すっかりゼリーみたいに柔らかくさせたような、そういう按配の林檎色をしていました。「大変、これはどうしたことかしら」――リナは自分の体がみるみるうちに軽くなっていって、空っぽになって、どんどん昇っていくのを感じました。リナが必死になってしがみついた絨毯は、そのまま彼女を乗っけてどこまでも飛んでいきます。絵の具のように生々しい、かすかなぬめりを帯びたまま、粘り着くようにてらてらしている表面を持った、珊瑚の蒼い結晶たち――二メートルほどもある、とても長いのに、糸のように微細な、奇妙な珊瑚の枝たちでできた、絨毯は、彼女を載せて、激しくもだえるように幾重にもたわみながら上昇していき、空中でひづんだ放射状に散開していきます。その絨毯には、金色と銀色と、トパーズとエメラルドの糸で織り成された複雑なアラベスクが描かれて、その唐草模様の各部分に、眼を凝らしてみると、空飛ぶ呪文を書き記している、複雑な飾り文字が、びっしりと刺繍されているのでした。カーペットが上昇していくのに合わせて、乾燥した砂粒たちが、ぱらぱらぱらぱら、玉虫色に煌めきながら、空中に吹き上がって、見えない布にでものせられているように、ふんわりと下降していきます。追手たちの角笛の音や、猟犬たちのきゃんきゃんきゃんきゃん叫ぶ声が、かすかに鳴り響いて行きます。リナは自分の窮地を脱する事ができたのでした。だけれどあまりにも高度が高くなりすぎて、生き肝を抜かれてしまいそうな、足元の覚束無さを感じました。だけれど絨毯は、自分の意志を持っているのでしょうか、決して彼女を不安定にさせずに、すいすい天空を運んでいきました。あたりの空気は翡翠を砕いて顔料にしたものを染み込ませたような色合いです。地上を見下ろすと、左手には、とても険しい山脈がそびえていました。しばらく進んでいくうちに、その山裾や、麓のあたりで、何か白っぽいかたまりが、きらきらきらきら、夕陽を浴びて輝いています。何かしら、と思いながらも、近づいていきますと、そこには、所々に丈の高い尖塔たちを持っている、とても大きな街が拡がっていました。建物という建物はみんな、磨きあげられた、淡いバラ色の化粧石で建築されています。それはまるで、何か大きな岩にこびりついている薔薇水晶の原石のようでした。それは、大勢の魔法使いや錬金術師たちの住んでいることで知られる、内地人たちの植民都市の一つ、ローズ・シティーという名の街でした。

(2004年 2012年推敲)

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