小説 相模原で 2(2003年)

 その時彼は、人通りの消えた街道の真ん中に立ち止まっていた。そうしてじぶんの体を確かめていた。両手のてのひらと、背骨と全身に、膝やかかとが熱を帯びはじめていた。はじめは遅く、緩やかだったけれども、それは次第に急激になって、白い光の液状みたいな、得たいのしれない流れにかわった。――全身の骨格や、それをとりまく筋肉の繊維が、そこらでくまなく張り巡らされた神経繊維どもが、どんどんどんどん熱気を帯びて、次から次に、紅の色にそめられていった。澄んだ流れが、次から次に、ポンプみたいに汲み上げられて、細胞たちの、そこらかしこにこびりついていた。高ぶりのあまりに、雑多な意識の騒音たちは、これらの微小な音楽たちは、ぐんぐんぐんぐん吸い出され、体をくまなく表層している皮膚たちの、膜から濾されて消滅していった。

――知覚はこどものように、年端もいかない乳幼児みたいに、どんどんどん若返っていった。それらの細部には幾何学的な霊魂たちが宿っていって、かき混ぜられて、ゲル状になって、光をまとった。くねぇっと曲がって、洪水みたいにほとばしり出ていった。あんまり早く、そしてあんまり白熱していた。顔面を引き攣らせて彼は笑った。ドライアイスの精霊たちが、とろとろにとろけて、脳髄の中で伝染しながら炎上していった。見開かれている両目の縁では、それぞれが一度に反応を起こして、やさしいガラスの溶岩たちが、つやつやつやつや流れ出ていった。頭蓋のぐるりではぐらぐらが止まらず、幻みたいに、変な温度に浸されて、真夏の浅瀬でゆれている、陽炎みたいに、何かの声に、何かの音に、とてもよく似た触覚が、口をぱくぱく開けては閉じて、開けては閉じて、あけては開いて、とじてはとじて、繰り返していた。時間はいっきにどろどろになった、視界の隅では、小鳥のようないきものが、油膜のようにどぎつい虹色をうかべたつばさを広げて、ばりばりと羽ばたいていた。なにかが必死になって動いているのだが、あとは何にもわからなかった。

(2003年頃から書き始めて2012年に完成 その後微修正)

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