散文詩 わたしたちは二人だった(2010年)

わたしたちは涙になったまま、凍りついている河面を浮かべて、お互いをみていた――その表面には小さな雪が、いつまでも降っている――スミレの茎よりも、蜘蛛の糸よりも痩せた体で、わたしたちの魂はもう一度そこに降り立っていた――どんなヴィジョンも、どんな音色もあらわにできない、反響だけで織り成されている、偶然の歌に引き寄せられたままで――それでも確かなあしどりは、夜明けのはじめに、息継ぐ間もなく途絶えていった、翳りの色に染められていた――そう、しんとした沈黙が、いつでも口をついて出て行こうとする言葉をさえぎっていく、その時の中に綴じられていた、わたしたちの瞳の奥底に、いつでも流し込まれていく空の、悲しげな呼び声のなかにさえも、それは読みとられ、植えられてしまっていた、まるでまぶしすぎる光の雨のように、つづけざまに落ちてくる、温度たちの中にさえも、それは見つけられ、聴き取られていた――そう、だから時は悲しみのように吹きすぎて、空のひとひらを、渇ききった涼しさのように手繰っていく、いつか植物たちを枯らした寒さのように、わたしたちのやさしさは世界を、ひっそりとした灰色の石にかえてしまう、そう、甦る時まで、妖精たちの白い粉のなかに混ざりこんだまま、その透き通った石の中で、ガラスでできた部屋のなかで、わたしたちは眠ることができる、目には見えないものたちが繰り広げていく、秘められた戯曲の筋書きにみちびかれたまま、水彩絵の具で描かれたみたいに新しい挿絵が、拡がっていくのを、眠りの底で無意識が織り成した、水晶の壁の向こう側から、見守りながら――そう、手折られ地上に散らばっていた、泥にまみれた、白い、薄緑色をしていた、草たちの上で、必然みたいに青空が広がり、わたしたちの背骨をささえていたもの、わたしたちの背中を流れていたもの、わたしたちをわたしたちであらしめていたもの、それらがみんな、すりきれた翼をたたんだままで、生まれかわって、気化していくのを――二つの白い、飛行機雲が、垂直になったまま交差していく、その中心で――白い光が、たちあがっていく水蒸気たちの、砂粒みたいなきらめきを、ただ一身に、集めていくのを――無数の闇夜を編みこまれている、金縁細工で飾られている、ひとつの体が――わたしたちのまだ夢見たこともなかった新しい未来が、まるで魂の静謐さを帯びた百合の蕾が驚きのなかで目醒めていくみたいに――そこで生まれて、そこで芽生えて、言葉に変わって、羽ばたいていくのを――そうしてどこかにたどり着くのを――きっとわたしたちは夢見ていた――いままでにわたしたちの身におきたことのすべてを、なだらかに見わたせる初夏の水平線の向こうで、海のかなたで密集している、砕けた光の、おそろしい寒さを、なつかしい響きを――そのうつくしい、心もとないかすかさを、暗示している、白い光が、降っている場所から。

そう、その夢のどこかで、いつかわたしたちはわたしたちになった、どんな時でも、わたしたちの体を、そっと流れる夜は静かに、きよらかなそぶりで、砕けたガラスのそらぞらしさの中で、荒廃している天上に、愛らしい生き血を混ざりこませる、澄んだひびきを、くちずさんでいた――自分の体が、光の翼になったみたいに、足指の先から、体の芯が――くりぬかれていき白くなるのを――音楽みたいに――受け容れながら。

(2010年)

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