1-3 通夜の前

 あのジジイ、なんでたまに笑ってくれなかったんだ。

 「本当にこれだけ?」
どれもこれも、ひどい内容だった。
「そうなのよ、本当に」
おれもお袋も、親戚たちも困り果てていた。
「笑わない人だと思ってたけど、こりゃひでえな。遺影だってのに」
 「やっぱりアズサちゃんのことが…」
いとこのユミが口をつぐむ。
ゆうべからほとんど寝ていないのに加えて、馴れ合いにうんざりしていたおれが顔をしかめたからだ。
ビビるくらいなら、何も言うな。
 「とにかく、アルバムはこれだけだから」
「そう、じゃこの中から選ぶしかないわね。やっぱりこれかしら?ねえ、コウジ」
ああ、と返事をしかけて、久しぶりの汚い実家の居間をぼんやりと見回していたおれは、あることに気づいた。
「ねえ、コウジ!あんたの父親の遺影でしょ!」
「ほっとけよ。いつものことだろ」
声を荒げる伯母となだめる伯父に生返事をしたまま、その封筒へ近づく。
 やっぱり、分厚い。中に何か入っている。
「おい、お袋。これ、親父の入ってたホスピスからじゃないか?」
「ああ、知らないわよ。面倒くさいからそのままにしといたの」
「ばか、すぐ開けろよ。やっぱり。ほら見ろ、写真だ」
折れないように厚紙でかさ増しされてはいたが、確かに写真だった。写っているのが親父かどうか確かめようとして、声が出た。
 「うわっ」
「どんな顔してる?」
伯父が呆れた声で言う。
「笑ってる」
言い切らないうちに、伯母にもぎ取られる。お袋がまた泣きだした。
「お父さんってば、あんな動物嫌いだったのに」
「よく見なさいよ、サチコちゃん。横の女の子が手を握ってるでしょ」
伯母があわれみたっぷりにお袋につっこむ。
「本当。鼻の下伸ばしちゃって」
また馴れ合いの笑いあいが始まった。
「これね」
「うん」

 あのジジイ、こんな時だけ笑いやがって。
あの時は泣きたかったくせに。

#小説 #創作

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?