1-2 逝く前

 いすが二脚でよかった。お袋と医者が座ればよかったから。
あれは、三ヵ月後か。おれはその個室にいた。窓の外はひどい嵐で、カーテンがすきま風で揺れていた。
狭い部屋にごつい機械がごちゃごちゃと並んでいたもんだから、おれはお袋の後ろに立っていた。

 お袋が息の荒い親父にすがる。
「お父さん、なんか言いたいことない?お父さん!」
いつものようなお袋の無茶な言葉に、しかし親父ははっきり応えた。
「手ェ、握ってくれ」
お袋のころころした手ががっちりと親父の手を包む。
親父の顔が苦しみに歪んだ。
「違う、お前じゃない」
お袋はさらにすがりつく。
「お父さん、どうしたの。ねえ!」
泣きそうな顔だった。あの時以来の、親父の。
「アズサ…」
 心音計が止まった。医者は淡白な顔で親父を確認し、時計を確認した。
「二十時二十三分、ご臨終です」
「お父さん、いや!お父さん!」
お袋の顔が青から赤に変わって、そこまでは見た。

 いすが二脚でよかった。
座っていたら、おれまで泣いていた。

#小説 #創作

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