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リーダー修行記75(燕尾と私の7日間)

リーダー修行2年。
ついに燕尾服を作りました。
生意気にもRSのフルオーダー。
実力と体型は装備で補うという、強い決意のもと、右も左もプロの先生というバグり散らかした状況下で仮縫いした燕尾服は、オーダーから半年を経て、ようやく私の手元に届きました。

【DAY1】
わっくわくでお店に行って、パーツの付け方から教えてもらって試着した燕尾服は、ミリも隙のない美しさでした。
やはり男女関係なく、美しいものは美しい。
ひよこの弱さを全部補ってくれる強さと美しさ。

ただひとつ、問題がありました。

とにかくめちゃくちゃ苦しい。

RSを着ているプロの先生から、RSの燕尾は完全無欠のホールド矯正具だから腕は下ろせないし締めつけられて鬱血することもある、と聞いていたのですが、そうは言っても着て踊るもんやし程度はあるやろ、と思っていたのですが、程度はなかったですすみません。

本当に腕が下ろせない。着てる間中ホールドするしかない。
私の首のサイズ感に絶対合わないカラーが顎に刺さる。
いろんなところがボタンやらゴムやらマジックテープやらで留められてて人間の動きができない。

ありとあらゆる不自由さと引き換えに、ミリも隙のない美しいラインと背中を手に入れたのに、あまりに隙がないので、身体が服の圧着に負けて本来のホールドが保てなくなるという意味不明さ。
そもそも、男性のスーツのように硬くて重い服を着ないので、ただでさえ慣れない上に身体にかかる負荷が大きいのです。

これはやばい。
着るまでは、2、3回衣装練習すればいいかなと思ってたけど、これは男性の先生に見てもらった方が絶対いい。
というか、動き方を教えてもらわないと動けない。

そんな、すがるような気持ちでメインコーチャーのもとへ馳せ参じました。

【DAY2】
その前に。
私はその後3日間、背中の痛みと呼吸のしづらさに悩まされました。
とはいえ、私の場合、そういう状態はわりとデフォルトであるので、またなんか調子悪いっすよね~という感じで、行きつけの整体師さんのところへ行きました。
私的には、いつもの不調のちょっとひどいやつ、くらいの認識だったのですが、整体師さん曰く「いつものけやきさんとは違う部位が固まっていて、肩甲骨が男性のように硬くなってる」という状況だそうです。

私「普段と違うことと言えば、すっごくきつい燕尾服を10分くらい試着した程度ですかねえ」
整体師さん「この肩甲骨の硬さはそうかもしれませんよ。僕が目をつぶって触ったら、多分男性だと思っちゃいます」

マジか。
身体も男性にしてしまうんか。
燕尾服、おそるべしだな。

その後に起こる地獄のような数日間のことなど思いもせず、このときは、本当に軽く考えていました。

【DAY3】
予定外の、ホームでの燕尾レッスン。
踊るのはサブコーチャーなのに、よもやまさか初めて燕尾で踊るのがメインコーチャー(男性)だとは想定していませんでした。

踊る以前にパーツの付け方がわからず(ショップで教えてもらったけど覚えられず)、ほぼ着せてもらうという、卒園式の幼稚園児のような有様で、いざ踊ってみたら、さっぱり、もうさっぱり、予想以上にまったく踊れない。
ロボットみたいにしか動けない。
まだしも昨今のロボットの方がもっとスムーズに動けるのではないかという体たらく。

先生「踊った感じどう?」
私「燕尾が私の能力のすべてを奪っている感じです」
先生(爆笑)

いやいや爆笑してる場合じゃないですよ。
もっと深刻な状況ですよ。

初めて燕尾着たときは男性はみんなそんな感じ、誰もが通る道だよ、と言われたので、そうかこいつは慣れるものなんだな、と考えてレッスンを開始したものの、時間が経つにつれ、慣れるどことか苦しさがどんどん増していく一方で、30分経過したときには、身体も頭もまったく動かなくなって、とても着ていられなくなりました。

な、なにこれ。
今、完全に私の身体中の血液止まってるやろ。

先生「シルエットは完璧なんだけど、これ僕のより重いね」
私「布の分量はだいぶ少ないはずなんですが」
先生「外国人選手向きだねえ」
私「・・・・・」

その日の私は、全身が痛くて呼吸ができず、吐き気で何も口にできない、という状況で、帰宅するなりベッドに倒れ込んでしまいました。

【DAY4】
本当の悪夢は翌日に訪れました。
倒れ込んで寝た翌朝、私の状態は前夜とまったく変わっていなかったのです。

一過性の疲労じゃなかったの?
一晩経ってもこの状態なの?
あの燕尾、なんの毒が仕込まれてるの!?

いちばんつらかったのは、呼吸ができないことでした。息が吸えなくて、マラソンした後の人、みたいな状況が、前日からずっと続いているのです。
身体が痛いだけならともかく、30分着用しただけで半永久的に呼吸できなくなる服なんてこの世にある???

思うように呼吸できないので頭も働かず、身体も動かず、どうにもこうにもならなくて這うように整体師さんのところに駆け込んだら、首も肩も肩甲骨も腕も、上半身のあらゆる部位が燕尾の形に固まって動いていない、という状況でした。とりわけ肩甲骨が恐ろしい硬さになっていて、胃や肺までもつぶしてしまっているという見立て。

整体師さんのゴッドハンドでなんとか息を吹き返したものの、これは本番までに着用練習をやらないと厳しいと思い知りました。

【DAY5】
臓器までダメージを受けるとなると、もはや慣れるとか慣れないとかいう問題ではない気はしましたが、レッスン動画を観たら、やっぱりシルエットは段違いに美しい。身体がまったく動いてないのにここまで美しいのだから、せめてもう少し動けるようになりたい。
その一心で、再度、メインコーチャーのところに燕尾着用練習に行きました。

そこで、RSの燕尾を着ている他の先生に恐ろしいことを聞きました。

「僕がこれまで着た燕尾の中でもRSは一番きついですよ。僕も30分は着てられないです」

そんな馬鹿な
男性の先生でさえ、そんな状態になる服を、女性の中でもとりわけフィジカルが弱い私が着れるわけないじゃないか。
それ、オーダーする前に教えてもらいたかったよ・・・。

そう思いましたが、結構なお金をかけて作ったフルオーダー。せめて3分間のデモだけでも踊れるようにしたい。贅沢は言わない。3分持てばいい

前回のレッスンで、とにもかくにも私の全力のパワーで身体を押し込んでいかないとこの鎧は動かないんだな、ということはわかったので、ステップとかクオリティとか表現とか全部度外視して(というかそんな余裕は微塵もなく)、おりゃああああああーーーー!と、これまで出したことのないパワーを全力投入。なんとかかんとかフロアを一周しました。正直言って、それが限界。30秒で限界

先生「どの辺が一番苦しい?肩の辺り?」
私「全然わかんない」

そう、何が問題といって、何がどうしてこんなにも苦しいのか、わからないのです。そういうものだと言われればそうなのかもしれなくて、それを女性の私が着ているから過剰に感じるのかもしれなくて、でも、重いとか痛いとか、そういうことじゃなくて、呼吸ができないのです。
つまり生命の危機

私、命をかけないとこの燕尾着れないの

この日はちょっと日和って、いつものリーダー用ジャケットも持参していたので、そっちに着替えてみました。燕尾がどうしても無理だったときの保険。
メンズ衣装はだいたいつらいものなのですが、燕尾に比べたらもう比較にならないくらい楽で、本来の私のパフォーマンスがいかんなく発揮できましたが、パートナー氏には浮かない表情をされました。

先生「動けてるのは動けてるんだけど、燕尾のときに比べると弱さを感じる。何がというのは難しいんだけど・・・」
私「う~ん、燕尾を着てるときの『気分』で踊ってみるといいのかな」

そう言って、おら燕尾を着てる、おら燕尾を着てる、という気持ちで感覚を再現して踊ってみたら、
「これ!この感じ!」
と感嘆されました。

なるほど、これが私に足りない「強さ」というものか。こういうふうに踊ったら、リードは伝わるのかと、私も感嘆しました。

この日、私は殺人的に苦しい燕尾に、リーダーの踊り方を教えてもらいました。
でも殺人的に苦しい燕尾は、やっぱり私の身体を殺人的にぶっ壊しました。

【DAY6】
翌日、私はまた呼吸困難な状態で、這うように整体に駆け込みました。

整体師さん曰く、上半身の尋常じゃない硬さは前回より軽減しているので、そこは慣れたのではないかとのことでした。

問題は臓器。
なぜ私の臓器はこんなにも機能不全を起こしているのか。

整体師さん「これ、肋骨じゃないですか?」
私「肋骨???」
整体師さん「肋骨が動いてないですよ。ここが固まるシチュエーションはそうそうないんですけど」

肋骨が動かなければ肺が動くはずがない、ということは生物(理科)が大嫌いだった私にもさすがにわかります。
しかし肋骨を固めてしまう服とはこれいかに。

整体師さんに、「衣装の重さは慣れると思いますけど、肋骨を締めあげてるのはなんとかしてもらってください。生死に関わります」と言われて、私は翌日、今度は衣装屋さんに駆け込みました。

【DAY7】
整体師さんの助言を受けて、燕尾をオーダーした衣装屋さんに駆け込み、とにもかくにも苦しくて仕方ないと私は訴えました。
次回いつ来日するのかわからないRSさんを待たないといけないのか、イタリアに送るしかないのか、そもそもどうにかできるものなのかとしょんぼりしながら行ったのですが、着用状態を見た衣装屋さんには、「燕尾自体は全然問題ないですよ。むしろ余裕があるくらい」と、あっさり言われました。

衣装屋さん「サスペンダーじゃないですか?」
私「サスペンダー?」

RSのサスペンダーは他の燕尾服よりも太く、かつ4本ついています(普通は2本)。調整機能もなく、ちっとやそっとでは伸び縮みしない硬いゴム。
とりあえず2本外してみましょう、ということで、4本だったサスペンダーを2本にしたところ、なんと劇的に苦しさが改善されました。
私の肋骨を締め上げ、胃と肺を殺していたのは燕尾本体ではなく、4本のサスペンダーだったのです。

元々、屈強な外国人男性ダンサーのボディを基準に開発された燕尾服。どう動こうとも、ミリもパンツのラインを崩さないという強い意志のもと、ぶっとい4本のゴムでパンツを身体に固定しているのだと思います。その心意気は買いますが、私の身体にそれが巻きつくと完全にす巻き。四方から身体を締め上げられて、パンツをボディに固定するのではなく、ボディを燕尾に固定するという、よくわからない状態になってしまうのです。

無事、その呪縛から解き放たれた私、その後、残った2本のサスペンダーも少し長くし、燕尾とパンツを繋ぐゴムもゆるくしてもらったら、信じられないくらい楽になりました。

燕尾、全然楽な衣装じゃん。
RS、楽勝じゃん!!

それまでが生死に関わるレベルで苦しかった分、重くてきついはずの燕尾を「軽くて動きやすい」と脳が誤認。怪我の功名的に、想定以上のパフォーマンスができる衣装に生まれ変わりました。

さすがプロ。衣装屋さん、ありがとうございます!!!

【おまけ】
もうひとつの怪我の功名は、ボディを締め上げられ、肺も身体も動かない状態で高地トレーニングのような練習をしたおかげで、「重く、強く」踊るすべを身につけたことです。こんな漫画みたいことってあるんですね。もう誰か漫画にしてください。

かくして私の生命をかけた燕尾との闘いは大演壇を迎えました。
私が身につけた「重く強く踊るすべ」の本質については、また後日書きたいと思います。
控え目に言って、めちゃくちゃ面白いです。
誰か漫画にしてください。

(つづく)

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