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「10/6」の謎

『不思議の国のアリス』第7章のお茶会の場面で帽子屋がかぶっている帽子には、"In this style 10/6"と書かれた札が付いています。
「10/6」の中で、6だけがやや高めに配置された特徴的なデザイン。
註釈等によると、当時の帽子の売り方で「10シリング6ペンス」という価格を示しているのだとか。

ただ、妙に具体的な数字ということもあり、作者が何かしらの仕掛けを施しているようにも思われます。

すぐに浮かんだのが、
10シリング6ペンス=126ペンスで
126=21×6ということから
「タロットの大アルカナの第6番」を暗示しているという仮説。
おそらく間違いではないでしょうが、「表」の意味でもないような···。

ずっと気になっていたのですが、先日漸く気付きがあったので報告します。

お茶会の帽子屋

『不思議の国のアリス』第7章のHatter

辞書によると、styleはラテン語の「尖筆、書き方」に由来するとのこと。
また、帽子の札の文字は"In this style" の部分が活字体ではなく筆記体。
ならば、this style(この書体)は筆記体を指し、"Write '10/6' in this style"で 「10/6を筆記体で書いてごらん」という意味ではないかと推測できます。

さっそく試してみましょう。
候補はもちろん、あの単語です。

左から右へ一筆書き

ほら、やっぱり。
tableが現れました。
"Why is a raven like a writing-desk?"の謎かけの答、"Like a table"のtableです。

1, 0, /, 6と、1文字ごとに筆を最下段まで降ろすのがポイント。
第11章でハートの王が帽子屋に言う
"If that's all you know about it, you may stand down,"
がダブルミーニングのヒントになっているかも知れません。
(stand downは「法廷の証人席から去る」の意だが文字通りに解釈する)

The "10/6" written in cursive is like a table.、みたいな。
あ、もしかすると"Write in this…"もwriting-deskの洒落だったりして。

ここで思い出すのが、彼のもう1つのトレードマークである蝶ネクタイ。
bow tieはbowだけでも「蝶ネクタイ、蝶結び」の意味がありますから、butterflyに通じます。
"Twinkle, twinkle, little bat…"の謎々詩の答、"Butterfly in the sky"のbutterflyですね。

帽子のtableと蝶ネクタイのbutterfly。
帽子屋は、自らが出題する2つの謎々のヒントをファッションでもアピールしていたことが分かりました。
まあヒントというか、殆ど答みたいな部分回答ですが···。

法廷の帽子屋

さて。
帽子屋は、後の法廷の場面(第11章)で証人として再登場します。

『不思議の国のアリス』第11章のHatter

この時の服装は基本的にお茶会の場面と同じで、右手にbread-and-butter、左手にteacupを持っています。
···butterflyとT。
今度は持物でのアピールです。
バタ付きパンでなくティーカップの方を齧ってしまうのは、Like Tを表していると考えるのが妥当でしょうね。

また、良く見ると蝶ネクタイの向きがお茶会の場面とは逆になっています。
挿絵画家の不注意とされていますが、蝶ネクタイの一方が尖っていて矢印のような形にも見えることを考えると、謎々詩を行末側から読む例の仕掛けのヒントだったかも知れません。
その場合、テニエルはキャロルからの細かな要求に応えていたわけですから不注意扱いはちょっと酷いですよね。

さらに、帽子屋の挙動にも注目。
法廷でハートの王と話していた帽子屋は、ハートの女王が歌手のリストに目を通し始めてからずっとおどおどして恐怖で震えています。

「(心配で)胸がどきどきする」は
have butterflies in the stomach
→butterfly in the sky
「(恐怖で)震える」は本文でtremblingとtrembledが使われていることから
tremble→table

ここにもbutterflyとtableが。
帽子屋は謎々のヒントをジェスチャーでもアピールしていたのです。

ちなみに「足を組み替えたりしているうちに靴が脱げてしまって靴下のまま法廷を出て行く」のはsocks→sixから「hourが6のままで止まっている」を表しているのではないかと思います。帽子屋はお茶会では人間時計の短針役でしたからね。

ナーサリー・アリス

The Nursery "Alice" (1890)は「0~5歳に向けたアリス」という位置付けですが、私は『不思議の国のアリス』のヒント集でもあると考えています。
たぶん読み聞かせの母親世代が対象。

『ナーサリー』のお茶会の場面では、帽子屋の帽子とネクタイについて強調しています。
「ハイ、ここに注目。パズルのヒントがありますよ~」という感じですね。

また、アリスが紅茶とバタ付きパンを取って口にしていることも強調。
(これもbutterとtea)
『不思議の国』のお茶会の後半の方、ヤマネが「井戸の中の三姉妹」の話を始めた直後あたりの場面なんですが、
she helped herself to some tea and bread-and-butter,
という文が『ナーサリー』でそのまま使われています。
help oneself to ~は「自分で~を取る、取って食べる」ですが、文字通り「自力で謎々の答に辿り着く」という裏の意味が込められているのかも。

ところでこの場面、飲食直後にアリスの身体サイズの変化が起きません。『不思議の国』ではイレギュラーとも思えますが···この件は別の機会に。

鏡の国の帽子屋

話を戻して。
『鏡の国のアリス』の方にも、Hattaという名の帽子屋が登場するので見ておきましょう。

『鏡の国のアリス』第5章のHatta

第5章の牢屋の絵ではお茶会の場面と服装が異なっているため蝶ネクタイはありませんが、"In this style 10/6"の帽子が壁に掛けられています。

実はこの場面、ボツになった挿絵では牢の床にバタ付きパンとティーカップが置かれていて、絵全体の構図も少し違っていました。
変更された理由は不明ですが。
(『詳注アリス完全決定版』を参照)

『鏡の国のアリス』第7章のHatta

第7章で白の王の前に登場した際には「10/6」の帽子をかぶり、右手にはティーカップ、左手にはバタ付きパンを持っています。
法廷の場面とは左右が逆ですが、そこに特別深い意味は無さそうな(?)

この場面はウサギのHaighaと白の王がH尽くしの会話をしているところへHattaが参加する流れなので、お茶会の再現という要素もありそうです。

で、Hatta到着直前の白の王の台詞。

"I didn't say there was nothing better,"
"I said there was nothing like it."
(太字は原文で斜体になっている部分)

better→butter→butterfly
like it→like T

前回の記事で触れたsomething like itを想起させる台詞で、白の王もヒント出しに一役買っていたようです。
(前回の記事はこちら↓)

色々書き足しているうちに長くなってしまいました。今回はこのへんで。

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