30年間ムチ打って働いてきた主婦がやっと自分の心の声を聴き始めたら生きやすくなった話
わたしは人生の半分以上、看護師という肩書きを背負って生活してきた。
「看護師さんって大変な仕事でエライよね」
「誰もができる仕事じゃないよ、尊敬するよ」
「資格があるっていいよね」
よくこんなふうに言ってもらえるが、わたしは素直に聞き入れ難かった。なぜなら、実のところわたしは看護師の仕事が好きではなかったことに気がついてしまったからだ。
しかし気づいてもすぐに看護師を辞めることはできずに、しばらくは人生に抗い続けてきた。
だが、やっと自分の奥に仕舞い込んだ本当の気持ちと向き合うことができ、看護師を辞めたのだ。
これは看護師が悪いということではない。
ただわたしの場合『自分の犠牲ありき』の上に看護師という仕事を続けてきたという話。
少し看護師とわたしについての話をさせてもらおう。
高校を卒業したわたしは当然のように看護学校に進学し看護師の道を歩み始めた。だが40歳になった頃、ある疑問が芽生え始めた。
あれ、わたしは何で看護師になりたかったんだろう…
当時まだ生きていた母にふと尋ねたら
「おばあちゃんが入院してた病院の看護師さんを見て、あんた看護師になるって言ったじゃない」
そう答えた。
記憶にない…
不思議だなと思いながらも、まだそれからしばらくは看護師がわたしの使命だ!と疑わず、がむしゃらに働いていた。
しかし、気持ちとは裏腹に、わたしにとって看護師として働くのは苦難の連続だった。
もともと夫は仕事が忙しく、わたしはワンオペ状態で家庭を切り盛りしながら働いていたため、常に疲弊していた。
当時夜勤をしない条件で働ける職場は今ほど恵まれておらず、院長のパワハラでいつも人員不足の職場や、残業代を一切つけない職場、有給をくれない職場…
常識ではまかり通らないところもたくさんあった。
中にはとても働きやすいと感じる職場があっても必ずといっていいほど、慣れてきた頃に、自分の力ではどうにもならない事情で退職することになった。
なんでわたしは仕事が続かないのだろう。
なんでこんなに大変なんだろう。
普通でいいのに。
普通に働いてお給料もらって、末永く同じ場所で働ければそれでいいのに。
それから先長いこと、このモヤモヤした悩みはわたしの心の中に住み続けた。
しかし水面下で少しずつ、見えない力がわたしに働きかけていた。
今思うと手を替え品を替え、時には大胆にわたしに気づかせるようにメッセージを送ってきていた。それも十何年も前から。
「それは違うよ」
「大丈夫だよ」
「そのまま行って」
あるときは目の前の人の言葉として、またあるときはナンバープレートで注意を引き、同じ文字を何度も見ることもあった。
初めは半信半疑だったけれど、ドンピシャのタイミングで答えを見せられるうちに、だんだんと確信に変わり素直に従うようになってきた。
すると自分なりに理解して進むうちに、人生での迷いがなくなり生きやすくなった。
今までの人生、自分の思考グセのせいで生きにくくしていたことや、大変でも必要だったこと、しなくてもいいことなど、腑に落ちたことがたくさんあった。
ここでは書ききれない思いや出来事を徐々に文章として残していけたらいいと思う。
わたしの備忘録として。
そして、もしわたしの体験や言葉が必要な人がいて、その人の元に届いてくれたらしあわせ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?