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淋しさの正体

友人がいつか買ってきたキウイサワーの偽物の香り。すぐに鼻から抜けていく安いお酒特有の人工的な、有機物を口に含んだみたいな口当たりの悪さ。アルコール7%もあると思えない、水みたいな飲み物。缶を持ち上げるとコップに大分そそいだはずなのにまだずっしりと重い。キッチンからはキムチだと思ったから買ったのに実はキムチ風の香辛料に漬けられただけの白菜で作ったキムチ風チャーハンの残り香。リビングのTV台に置いたパロサントからはミントみたいなやけにすっきりした香りと、犬を撫でていた右手からは獣の匂いと、昨日洗ったばっかりのシャンプーのポップな香りがうっすら付いている。廊下に出ると季節外れの冷気、外の雨の音に混じって商店街から駅までを歩く人の笑い声と電車の走っていく音が時折聞こえる。

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高速教習の2時間は、同じ名前の19歳とペアだった。教官は嬉しそうに「奇跡だなぁ」と言いながら私とその子に漢字でどう書くか聞いた。「どうせ最初に運転したくないだろうから、ジャンケンして。負けた方が先ね。」というので漢字で桃と書く桃ちゃんとジャンケンをしたら勝ってしまったので、後部座席に乗り込んだ。別に順番は後でも先でもどちらでもよかった。

梅雨に入ったというのに、空は青くて落ちる影は濃かった。自分からは見えない場所に入れたばかりのタトゥーを触るとまだ皮が剥けてざらざらしている。

高速道路を走りながら桃ちゃんは「やばーこわー」と時折つぶやくだけで口数は少なかった。彼女はおしゃべりな教官のつまらないギャグを普通にしかとするので、とりあず私が「えー、そうなんですね」と言う係りに徹した。厚木のサービスエリアで少しだけ休憩をとって、今度は私が運転席に乗り込む。80キロで走る信号のない道は気持ちよかった。雲が多くなってきて、横を何度も大きなトラックが通り過ぎていった。教官は窓から空を見ながら「さぁ明日はゴルフだし、休みだから帰ったら呑むぞー」と嬉しそうで、その宙に浮いた独り言のような言葉を掬い取って「いいですねぇ」と言う。楽しみな予定のある休日前の退勤30分前って幸せですよねぇ、わかります。傾斜のついた大きなカーブを曲がりながら、なんだかこのままどこまでも行けそうな気がして叫び出したい気持ちになるのを抑えた。桃ちゃんは後部座席で眠っていた。

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好きな人と買い物に久しぶりの東京。途中コーヒー屋さんでアイスラテを頼むと、バリスタの人が「同じですね」というので指を刺す方向を見ると、腕にマグリットのタトゥーが彫ってあった。この1週間前に、二の腕に犬の名前とマグリットの「人の子」という青リンゴで顔が隠れている男の人の作品の、青リンゴの部分を名前にかけて桃にしたタトゥーをいれた。バリスタの男の人のマグリットは赤いリンゴがかじられていた。シンクロニシティ。

腕に111という数字もいれた。買い物してる時にお兄さんから「それなんの数字ですか?」と聞かれて「犬の誕生日」と答えると「犬が死んだ日彫る人多いけど、誕生日いれてる人初めてみた」と言われた。私にとってはfuzzyがこの世に生まれた日の方が大事な気がした。

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なんだか無性に好きな人に会いたくなった。多分昨日友人と飲みながら好きな人のこと本当に好きなんだって話してたからだと思う。恋人になった今もずっと3年前に好きになった時の気持ちのまま好きだ。出会ってもうすぐ3年経つ。恋人になって半年たった。特筆すべきこともない。誰に話す文句も報告もない。ずっと穏やかに、仲良くやっている。毎日かかってくる電話は彼なりの生存確認と愛情表現らしく、よく飽きもせず。だったら一緒に住みたい、私のエゴは彼には響かずにさらりとかわされる。満月と生理の影響でスライムが体中にのしかかっているみたいに体が重くて眠たい。恋人は電話越しで「懸垂バーが明日家に届く」と嬉しそうだ。会ったらどうやって好きを届けようか考える、硬くて冷たい好きな人の耳たぶの感触を思い出しながら。

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金曜日の夜に「今日行く」と電話がきてから好きな人が家にくるまでの時間。お風呂入って、化粧して、週末って感じ。
そこら辺一体の音をかき消すドロドロという重低音が聞こえてきて好きな人が家の前に来たことがわかる。彼の持っている乗り物はバイクも車も全部うるさい。玄関の引き戸はまだ慣れないから辺な音がなるし、スムースじゃないけど今は扉の外に好きな人がいるからもうそんなものは気にならない。私より20センチ高い背、私より小さい顔、私より綺麗な鼻筋と輪郭。立ち飲み屋で飲んで、ホルモン屋で飲んで「一緒に住みたい」私と「がっかりさせたくないから今の距離感でいたい」好きな人。コンビニでお酒買って「公園でワンカンしよう」ってコンビニの横にある公園に行く。シーソーに乗って、またくだらない話をする。家に戻ってNetflix見ながらお酒飲んで好きすぎて泣いてる私をあの人は笑う。ダブルベッドで犬を挟んで一緒に寝る。朝起きて「うわ暑!」って言いながらお風呂に入ってさっぱりして、涼しい部屋でレモンソーダと昨日コンビニで買ったジャンクフードを食べながらゴロゴロする。

恋人だけど、片思いの時と同じ気持ちを抱きながら隣を歩く金曜日の夜を、土曜日の朝をただただ愛おしいと思う傍、この人のそばにいると感じるさみしさの正体を今は見て見ぬふりをしている。

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