3.最後の舞台

東京最後の公演は、
ほんのちょい役で出演する予定だった。

それで、田舎に引き上げるつもりだった。
  
もう存分にやった。
悔いはない。
年に6回も板に立たせてくれた劇団。
確かに生活は苦しかったが、そのために働き、そのために活きた。  

悔いは、ない。

公演1週間前、主役の代役を演った。
演出家から主役変更を伝えられた。
「おまえが主役を演れ。1週間で、台詞と立ち回り、全て覚えるんだ。やるか、やらないか。」

わたしには最後故の欲が生まれた。

「やります。」

立ち回りはほぼ覚えていた。
ただ、長台詞を自分のものにしなければならない。

1週間、路上で必死に台詞を覚えた。

相手役の男性を本当に愛した。

思うようにいかない苦しみの中、
あっという間に5日間の公演を終えた。

実は、
その時の記憶が鮮明でない。

ただ残ったのは、
役で愛した人が急に居なくなる虚しさと、脱力感だった。

「わたしはもう、ここに居なくてもいいでしょ。」

東京での最後に大好きな作品の主役を演じることができた。
幸せなことである。
幸せなことなのだか、
わたしのキャパは振り切れていた。

涅槃に行ったような記憶のない1週間を過ごし、
大荷物と共に、
山間の田舎にある実家に引き上げた。

涙も出ないまま、
大自然の力に癒され、心を取り戻していった。

知り合いの伝手で、医療系の仕事が決まった。
母親の嬉しそうな笑顔。
少しずつ、
「感謝」を思い出していった。

「サイコさん、元気?」

数ヶ月ぶりにサトルからメールが来た。
目まぐるしい毎日の中でも、時々サトルを思い出していた。

「元気だよ。今田舎。帰ってきたよ。」

「俺、観たよ。サイコさんの舞台。」

「え!??声、かけてくれれば良かったのに。」

「いや、もっとちゃんと逢いたいから。」

サトルが初めて逢いたいと言った。

「ありがとう。来てくれて。」

「まさか主役とはね。まあ、あんなもんかな。」

サトルはお世辞を言わない。
その言葉がしっくりきて、ストンと落ちた。
  
「今度はわたしがLIVE行くから」

「おう。」

サトルはわたしを観ている。
それはそれは、不思議な感覚だった。

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