2.お互いについて

サトルとわたしは、
俗に言う『メル友』になった。

大抵はサトルがわたしに思いついたようにメールをくれる。
それにわたしが返信する。
そんな感じだ。

わたしたちは
お互いのことをたくさん話した。

サトルはバンドマンだった。
都内在住で九州出身。
ハタチそこそこの若者。
大所帯のバンドに属しているが、数人の仲間と脱退して、新たにバンドを結成しようとしていた。転機で少しまいっていたと、サトルは言った。
バンドではボーカルとギター担当。
ギターを持って時々一人旅に出る。曲も作る。
わたしは、サトルの言動から、くるりの岸田繁氏のようなボーカリストを想像していた。

わたしは20代半ばも過ぎた女。
都内で売れない劇団に属していた。
山間の田舎から上京して一人暮らし。
年に何回もの公演費のチケットノルマを捌き切れず、貯金が底をついていた。
演者としての才能も見いだせず、次の公演を最後に田舎に帰る準備をしていた。
心が健康であると、お世辞でも言える状態ではなかった。

そんな時の、
奇跡的な出逢い。

サトルの言葉に
何度も心が癒された。

でも
わたしたちは、

お互い決して「会おう」とは言わなかった。

メールだけなのに、
癒しをくれる無邪気なサトル。

そこでは、
「わたし」は「わたし」でいられたのだ。

「サイコさん。俺、サイコさんの最後の芝居観たい」
「そんな、観せられるものじゃないから。。。って、舞台に立つ人間が言ってはいけない台詞ね」

まさか、来るわけないよね。

わたしはまさかと思いながらも、
公演日時を教えた。

まさか。
ね。

公演の終わり=田舎へ戻ること。

わたしは公演の稽古をこなしながら、
時々田舎へ帰り、引きあげる準備をし始めていた。

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