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言語化に失敗してるから「言葉にすると嘘になる」と感じるんだよね。

自分の考えていることを、言語化するために、noteを書き始めた訳なんですが、上達してきているのだろうか?って思ったので、ポエムです。

まあ書くスピードはちょとは速くなった気はする。自分の語彙力のなさを考えると、日本語の勉強をもっとやらなければと最近とても感じる。日本人なのに・・・最近そう思うことが増えたのは、オンラインでコミュニケーションをとる機会が増えたからだと思う。

先日も、「耳障り」と「耳触り」を誤用していた。正しく日本語が使えるようになりたいので、SNS投稿前に確認する習慣をつけたい。

さて、ワタシの脳内にザックリゼリー状になっている認識が、はっきり!くっきり!他人に言語化されると、本当に気持ちがいいなというのに気付く出来事があったのでご紹介したい。


思ってることを明確に言語化するということ

ワタシは家電をよくレンタルするのですが、この会社さんから何度かレンタルしていたこともあり、知り合いがtwitterにここの会社さんのことをアップしていたので、何気にサイトを見ていたんです。

そこのミッションに、ワタシが家電製品をレンタルする理由が、明確に言語化されていて、驚くと共に嬉しくなったんです。

思っていたことが明確に言語化されている!!久しぶりのこの感覚に、喜びが大きくて、noteにポエム書かなきゃ!って。(なんも関係ない会社さんですが^^;)

他人に何かを伝えたいということが、何だかもう面倒臭いなあとか、感じている自分がいて、日頃誰かに共感してもらいたいとか、好かれたいという欲がないので、そこの欲望を発動しなきゃならないのがめんどい。

だってそれはまずダメな現実を見なければならないという作業が発生するから、そこがシンドイ。

何に対してもそこで、つまずいている気がする。

そして、頑張って現状を踏まえてステップアップしようとすると、言語化に失敗して、うまく伝わらず、伝わらないだけならまだしも、嘘をついているような気になって罪悪感がでてくる。自分の思いを言語化する度に嫌な気分に陥ってしまう。ただ、下手なりに言語化するおかげで、自分がどう行動すればいいのかわかるし、そこを周りが意味を汲み取ってくれて改善してきているので、良い方向には向かっているのは確かだ。

けれど、自分はまだまだうまく言語化できず、シンドイ時がある。

これを乗り越えなければ。えーっと脳内では言語化してない方が意思決定が速いんです。何かにとらわれないので。

でも気付けない。単純なことを気付けない。

多面体な気持ちをうまく言語化できているヒトもいるわけだから、もっといろいろ学んで実践して、もっと共感してもらえる人を増やしたいのかもしれないな。ワタシ。

(ポエムおしまい)



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