shibuya的 文芸コンテスト
先日行われたshibuya的文芸コンテストという
公募において審査員特別賞と優良賞をいただきました。
この二つは以前書いたものを公募用に書き換えたものです。こちらは、いずれ雑誌「SHIBUYA NIGHT vol.1」に掲載していただきます。
ところで、もう一作応募していたのですが、そちらは落選となってしまったので、ここで公開しようと思います。
800文字という制限の中で渋谷を表現するという条件だったので、かなり苦戦したのですが、物語のはじまりといった風に読んでもらえると助かります。
「被害者」
ジジィの唾液が付着した直後の札を数えるのがキモくて、2日でスーパーのレジのバイトを辞めた。でも金は欲しい。金が欲しい?いや生きていくためには金を欲しがらなければならない。いや?顔にはかなりの自信があったが、身体を売る勇気もないし、汗を垂らして働くほどのやる気もない。でも楽に稼ぎたい。甘い考えだとは思うがそれが私の本心なのだから仕方がない。しばらくネットを漁っていると、ライブチャット配信が稼げるという記事を見つけた。まぁ暇つぶしにでもなるかと試しにやってみると、思ったよりも反響があった。何も喋ることは思い付かなかったので、カメラの前で煙草を吸っているだけだったが、それが新鮮らしく称賛のコメントが多く寄せられ、幾分かの投げ銭も貰えた。でもそれも初めの数回だけで、次第に卑猥な言葉や暴言が多くなっていった。しかし、何故かそれが心地良くて仕方がなかった。それが何故なのかはどれだけ考えても分からなかったが、卑猥な言葉や暴言を吐かれる度に、私の存在価値が認められ、私が私であるということを初めて実感できるような気がした。そんな生活を続ける中で、突然、冷凍コロッケという人物から個人チャットに「20万あげるのでデートしてくれませんか?」というメッセージが来た。冷凍コロッケは私が配信をする度に、頑張ってくださいという質素なメッセージとかなりの額の投げ銭をしてくれていたのでよく覚えていた。おそらくおじさんだろう。私は冷凍コロッケと渋谷モヤイ象の前で会う約束をした。そして本当に20万を貰ってデートをした。でも、それだけだった。何かが起きるような気がしていたけれど、路地裏に連れて行かれることもなく、曲がり角から突然私の両親が現れることもなかった。ただデートをして20万をもらった。それだけだった。その帰りの電車の中で子供が号泣しているのを見た時、私は確信した。私はずっと何かの被害者になりたかったのだ。私は被害者になることで生きていること実感し安心する。金が欲しいわけでも、有名になりたいわけでもない。ただ少しでも被害者になりたかったのだ。私は、再びスーパーのレジのバイトを始めた。ジジィの唾液が付着した直後の札を笑顔で数えてお釣りを渡す。ありがとうございました。またお越しくださいませ。
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