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もしかしたらもう二度と会うこともない Void love!


すべての人と一度だけ会って終われたらいいのに。そしたら馬鹿がバレないかもだし。
できれば人と、二度は会いたくない。

馬鹿バレする空っぽ人間は一生匿名でヨシ!

会社の自分も嘘の自分。だけど、毎日行かなきゃだから馬鹿バレしちゃう。そんな場所からは一刻もはやく逃げ出したい。ん、ダヨネ。

国立大出た子供に近い年齢の上役、難関資格を粘り強い努力で突破した年下の上司、地元が一緒で偏差値高いの分かる進学校出身の派遣社員さん。場違い場違い。

そんな自分でも何とかやってける、空っぽを活かせる唯一の方法に気づけたのはマジで救いだった(のかなぁ ?)

空っぽって実は役に立てる !
みんなのあふれるを入れてあげよう。
空っぽ人間のニーズに気づけ。


2014年9月13日、白百合女子大学のライブで大森靖子さんを初めて見て、二度目の10月3日『YEBISU MUSIC WEEKEND』のときにはロビーで話せて、こちらが言ったことをちゃんと聴いてくれたのでビックリした。

聞きたいのは自分のことだろうに、ベクトルがしっかりこちらに向かってる。耳で「聞く」じゃなく、心で「聴く」になってる。表現者なのに。短い時間なのに。

著名人と接触したり、話したりしてみるのアリなんだ ! って大森さんが教えてくれた。

大森靖子さんだけはその後も何度か話せたしこれからも会いに行きたい(覚えられない程度に、だけどね)


週末には憧れの人に(一度だけ)会うのが楽しみになった。先週は『全裸監督』の本橋信宏さんにお会いしてきた。


1996年2月5日 第1刷発行

「薄味の食事ばかりしているとたまにはこってりしたやつが食べたくなるように、幼い頃から波乱のない生活をしているとどうしてもドラマティックな瞬間を体験してみたくなる」(『はじめに』より)

本橋さんのファンになったのは今から26年前の1998年10月4日(この日のメモには和歌山カレー事件で逮捕とも)、地元から少し行ったところのブックスーパーいとう(古本屋チェーン)で本橋さんの『素敵な教祖たち サブカルチャー列伝』をたまたま手にとり「石川一雄」(さん。つまり狭山事件)の部分を読み、今そこに立っているその場所が、そこで語られている現場だと気づいて戦慄した…のがきっかけ。


当時わたしも関連本を集め切った

「だれもがそうだろうが知的好奇が伸びる中学時代は僕も推理小説に夢中だった。ところが高校二年の秋、狭山事件の関係書を読んでいるうちにもうそこらの推理小説は読めなくなってしまった。不遜な言い方をすれば狭山事件はそれほどおもしろい。なにがおもしろいかといえば、事件関係者の多すぎる変死・自殺があげられる」
本橋信宏『素敵な教祖たち サブカルチャー列伝』(コスモの本)より引用。

しかも本橋さんは所沢から狭山現場を跨いで名門カワタカ(川越高校)に通う高校生だったと。ヤベ ! この辺り。リアリティだらけ。

※狭山事件、これ以上は怖くて語れません🙇‍♀️

https://x.com/tenkist/status/1799398315966296268?t=ioke7Lg2kazGECZO2n5PnQ&s=19

先々週には『ゲバルトの杜』を観に行っていろいろ怖かったんだけど、川口大三郎さんも狭山事件が発端だったんじゃん ! (映画にも出てくる藤野豊さんに誘われて狭山闘争の集会に行ったりした)とか予想もしてない脳内パズルのピースが飛んできたり。

「明治の自由民権運動、大正デモクラシー、そして昭和も弾圧の時代の戦前を除いて、戦後の一時期までいろいろな社会運動がありました。担い手は若い人たちです。でも、内ゲバ事件以降、その流れは途絶えた。今も同じです。政治に関わることへの怯えがいまも続いているのです」
『「正義」の暴走 現代でも』
(毎日新聞 2024年 5月 8日 朝刊より)

もともと気にはなっていたけど、すぐにでも観に行きたくなったのは、引用した毎日新聞の埼玉版で紹介された記事での代島治彦監督(熊谷出身)の「内ゲバ」がもたらしたことの見立てに、あ、それだ! と気づかされたのが大きくて。「正義の暴走」は「ゲバ棒がスマホに」(雨宮処凛さん)で、それはそうだろうし。けど今回代島監督はとにかく「怯えの世代」とその根拠を提示したいのだろうとわたしは思ったから(上映後、ダッシュで代島監督に会いに。伝わったかなぁ?)

わたしもわたしなりに、なぜに普通の生活者が、日々の困難を政治に求めず、これほどまでに無関心が続いてきてるのか?について考えてはいるのだけれど、過激派や内ゲバのことは子供のころ過ぎて結びついていなかった。が、これこそがルーツで、陰惨な出来事ゆえトラウマチックに、無意識レベルに作用している可能性があるってことなんだ。

なのでそういう観点だったんだけど、わたしが行った日の上映後トークのゲストだった映画監督の堤幸彦さんは初日に観て「心に染み入る」という感想を関係者に送ったそうで、この日、代島監督が改めて「その意味は?」と訊ねると、法政大学に入学した堤幸彦さんは、ロックバンドやアングラなムーブメントに身を置きつつ、学生運動もやっていたというご自身の経験から、やはり未だ革命へのシンパシーやロマンチシズムを残されているというようなお話だった(そういう文脈で映画に出てくる人たちのその後の人生を思うと泣けてくるという)のも、これまた怖かった。

堤幸彦さんが怖いとか、単純なことを言っているのではない。これも想定外のパズルだったので(堤監督が闘っていたのは全共闘の嵐が去り、その後世間はバブルの狂騒向かう時代にですよ !) 自分だけの知識や経験から、他の人の見方や感想を勝手に想像してそう思い込んでしまう自分が怖い。

自分の考えや好きなものは他の人もそうだよね?ってなりがち。これは日常生活や職場とかでもそうで、価値観が似てる !  話が合うとなった親しい人にこそ注意が必要で、こちらが「この人はこういう人」と固定してしまってはいけない。大切な人ほど新たに知っていかなきゃいけない。アップデートしてかなきゃいけない。

なんてな。マジメなこと言っちゃった。
(実はまだオフトンの中)

話を戻すと狭山事件が出てきて、そんでそのタイミングで毎日新聞に本橋信宏さん(と藤本国彦さん)の『アンダーグラウンド・ビートルズ』(毎日新聞出版)という新刊の広告が出て、刊行記念のイベントとサイン会があるという。


そこに集ったビートルマニア達の中、ビートルズの知識や聴いた量の少なさにおいて、ナンバーワンは間違いなくわたしだが、目的は本橋信宏さんと言葉を交わすことなので、トークショーを堂々と楽しみ、日本公演の初日に行ったと話しかけてくれた隣の女性のお話を聞き、サイン会の時間まで過ごした。

そしてついに本橋さんと接触できる時がきて、ビートル話をしようにもできない劣等感に負けそうになりつつ持ってきた『素敵な教祖たち』を掲げて「はじめまして。わたしは狭山の…」と言いかけた途端、「あ~ ! 元気 だった?」と親しみの笑顔でどなたかを思い出され、「あ~」までのコンマ零秒の喜びは一瞬で困惑に変わり「(体調? 病気?)大丈夫なの ?」という優しい言葉に終ったことを悟ると同時に「はい。ありがとうございます !」と握手を求めて自分から剥がれていった(アレ ? っていう怪訝な表情をさせてしまった。ここでまた失敗 ! がいっぱい)


『気がつけばビートルズ』


生まれてすみません。
(本橋信宏さんありがとうございました !)



藤本国彦さんにも出会えてよかった♪


久しぶりの『note』です。
読んでくださりありがとうございました。
心より感謝申し上げます。











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