なかの りんたろう

今日の「あの時」は、ぼくの前からまた気化してしまった。そして、今だけが残った。  「あ…

なかの りんたろう

今日の「あの時」は、ぼくの前からまた気化してしまった。そして、今だけが残った。  「あの時」は今につながり、未来に横たわっているのは確かだ。それは大切なものなのかもしれない。  ただ、見返そうにも、今日の「あの時」はもうここにはないのだ。だから、せめてそれを形に残そうと思った。

最近の記事

詰め込む

 ぼくはよく目移りしてしまう性格だ。あとから見れば細かいことなのに、でもぼくにとってはとても大きなものに見えてしまう。そして、あとからあとから大きなものが目の前に立ちはだかる。  多分重要なものだろうと詰め込む。  これも大きなものだから詰め込む。  関係があるだろうと思って詰め込む。    ぼくはある調査に没頭していた。点検で見つかった施設の不具合を取りまとめるものだ。点検で見つかったものは変えることのできない事実だ。その事実をまとめて報告する…それだけの調査だ。

    • 漕ぐ

       ぼくはあたり構わず漕ぎまくっていた。対岸に辿り着こうと、力一杯に漕ぎまくっていた。でも舟はゆらゆらと揺れるだけだ。  目が覚めるとき、重力を肌で感じられるようになってから、どのくらい経つだろうか。ぼくは、海苔のようにベットにしがみついていた。時が来るのはわかっている。ただ、ぼくの体はそれを中々わかってくれない。間に合わうか間に合わなくなるかのギリギリで、ようやくエンジンがかかる。    なぜなのかそれは明確だった。夜遅くまで舟を漕ぎまくっていたからだ。  ぼくは仕事が

      • 似て非なるもの

         ぼくの大切なものは、飼っている金魚だ。  毎週ちゃんと水槽の掃除もするし、餌やりも必ず決まった量を入れる。挨拶だって忘れたことなんかない。病気になったら、即座に別の水槽へ隔離をするし、薬もしっかりと入れる。    大切にしていた筈だった。  ぼくの意思とは関係なく、呆気なく散っていってしまった。    ぼくの大切にしているものはクルマだ。   1週間に1回の洗車は欠かせない。オイル交換はちゃんと5000km走ったら、フィルターも1万キロおきには必ずしている。点検の日だ

        • 生存本能

           いま、死の淵にある。臨終の際にいながら、懸命に生きようとしている。ぼくのことではなく、飼っている金魚の話だ。    時節柄、不謹慎なことを言ってしまっているのは重々承知だが、これはいまぼくたちにとって大切なことだと思った。それは、生きようとする意思である。  ぼくが彼を買ってきたのはちょうど1年半前だ。立て続けに金魚を死なせてしまい、友達と一緒に葛飾区にある金魚屋さんに行き買ってきた琉金という種類の金魚である。彼は整った形・色合いをしていた。14センチほどの大きさで、更紗

          姿勢

           ぼくは折衝が苦手だ。普通に1対1で話すのは、特に問題はないのだが交渉となるとすごく難しく考えてしまう。探りを入れたり、自分の主張を通したり、どこに落とし所をつけるか…全くと言っていいほど下手っぴなのだ。どうやら虚勢とかハッタリがかませない人間らしい。なぜならば、態度でバレてしまうようだ。  9月は意外とお休みがある。夏休みやお盆の印象がある7月、8月に埋もれがちだが連休がちゃんと存在する。それはシルバーウィークだ。その安らぎのひと時に、ぼくは引っ越しという忙しいイベントを

          レンズ

           人間には目がある。目を通して、光の反射のおかげでモノが見える。しかし、見えるものだけが全てではないのかもしれない。  管理者の人たちを支える仕事をぼくはしている。ちゃんと管理をしている人には本当に申し訳ないけど、年に1回「きちんと運営されてるか?」という監査のようなことをしなければならない。  施設の運営は基準書という契約時に取り決めたルールブックに基づいて行われている。その監査みたいなこととは、この基準書通りに仕事をしているか?というのことをお互いにチェックするものだ

          山手線

           ぼくはまた山手線に乗ってしまったようだ。  朝ごはんを食べる、職場へ行きがてら新聞を読む、仕事をする、仕事を終えるとラジオを聞いて車を走らせる、帰ったら風呂に入る、バーボンのロックを飲む、そして寝る、起きたら朝ごはんを食べる…  そんな繰り返しがぼく目の前を横切っていく。山手線の線路みたいにぐるぐると回り続けている。電車はちゃんと線路の上を走っているように見えた。でも、線路の上しか走れていないから、光景は変わっているはずだけど、ぼくに見える景色はいつもと同じだ。普段の生

          白い壁

           隙間がない。全くと言っていいほど外を覗く穴が見当たらない。昨日見たときにはどこにも見当たらなかったのに、今日に限って目の前には白い壁が立ちはだかっていた。  ぼくは、静かな朝を迎えた。不気味なくらいの静寂の中、ムクっとベットから立ち上がった。静かという以外、他は全く変わらない朝のように思えた。寝癖、どこに置いたか忘れた携帯、いつの間にか付いている暖房…どこをとってもいつもと変わらない。でも、朝にしては騒がしくない。不気味なくらいに静まり返っていた。  おもむろに時計を見

          手前

           ぼくは怖いと感じた。これからの1日1日が果たして生きていけるのかと思った。事故にあったわけでも、不幸があったわけでもない。手前にあったおみくじを引き、大吉が出たからだ。  一緒にお参りに行った友人はそんな様子を見ていたようで、すべてお見通しだったようだ。どうすればいいか分からないことを告げると、返ってきた答えは至極簡単なものだった。「普通にしてればいい。自分がこれだと思ったものを選べばいい」  今年は少し、遅い初詣だった。正月に電話をしていて、その時ぼくはおみくじを引い

          距離感

           日常の一部として、ぼくはバーボンを飲んでいる。  帰ってきたら、料理を作る。戸棚の中には無造作に何本かバーボンウイスキーが置かれている。料理を平らげると、ぼくは気分でその中のひとつを持ってきてテーブルに置く。  ウイスキーの栓を空けて香りを嗅ぐ。戸棚からダブルグラスを引っ張り出して、そこにロックアイスを乱雑に放り込む。そして、そいつらがカチカチ言わないうちに、その茶色い水を注ぎ込むのだ。  夕飯はたらふく食べたはずだ。もう胃の中のメーターは、「F」を飛び越して振り切れ

          余韻

           ご飯のお供といえばなんだろうか。漬け物、ふりかけ、佃煮…色々あるが、ぼくは榎茸という瓶詰めが好きだ。いや、好きだった。これを超えるお供はいないと確信していたのだが、友人から貰った実山椒というものには唸らされた。  今週は秋晴れの続く日だった。その旅行日和に友達が京都に行くという。ただ、彼も彼でかなり仕事を抱えていたから、ゆっくり連休をとっていくという感じまではなかったし、彼だけが行くものでもなかった。彼はおばあちゃんを連れて京都に行くのだそうだ。しかも、おばあちゃんに京都

          役に立てる日

           こんなぼくでも役に立てる日があるのかもしれない。今日はまさにその日だった。これが無ければ、不思議な体験をしなくても済んだのかもしれない。ただ、それに勝るくらい役に立てたことは誇りに思う。今日は献血の日だ。  ぼくは普通に目覚めて、普通に出社した。しかし、何かが違う。職場のそばが何やら騒がしい。こんなご時世なのにバザーでも開いているのかと最初思ってみたがどうやら違った。大きいバスが2台ほど止まっていた。このバスはどこへ向かうのだろう。ひとつのバスのそばに大きなのぼりが掲げら

          弾丸

           一を聞いて一しかぼくの頭には浮かんでこない。主な原因は恐らくというかきっと想像力の欠如だ。  一を聞いて二を知ることが出来た孔子の弟子の子貢は、ぼくなんかよりも想像力がきっと豊かだっただろう。そして、十を知ることが出来た同じく孔子の弟子の顔回は誰よりも想像力に富んだ人物に違いない。  論語の一節に「一を聞いて以って十を知る」という言葉がある。孔子が、弟子の子貢に(同じ弟子の)顔回と子貢とはどっちが優れているか?を聞いた時、子貢から出たフレーズがそれである。  子貢は「

          夢を抱く

           朝は寒い。寒いから眠い。眠いから起き上がれない。起き上がれないから遅刻しそうになる。ぼくは頭の中にそう浮かべた。朝が寒くなければ、「遅刻しそうだ」の結論はひっくり返るに違いない。ただ、それは安易な考えだったようだ。    冬は苦手だ。好きだけど苦手なのだ。なぜ苦手かというと、寒いからに他ならない。寒いのは季節のせいだからこれ以上は不平不満は言うまい。ただ、ぼくはその寒さに挑戦してやろうと思った。   ぼくはエアコンのタイマーを5時にセットした。暖かくなっていれば起きるだ

          ダンスフロア

           チャーハンとは「炒飯」と書くから、てっきりご飯を炒めるとばかり思っていたが、実はそんなことはない。ぼくのチャーハンは炒めない…いや正確にいうとお米を炒めないのだ。  ぼくは、休日出勤をお昼過ぎに終えて家に帰った。運転する車中でお腹が「グゥグゥグ」となる。コンビニで買おう買おうと思っていたが、そんなときに限って信号が青ですいやがる、道が空いていやがる。職場を出てから、あっという間に家に着いてしまった。「グゥグゥグ」という音を乗せて一瞬のドライブだった。   冷蔵庫を開ける

          スタートライン

           土曜日と同じ場所に立っている。1週間近く家を離れてどこかへ行ってきたような気がする。いまからたった24時間前にぼく同じ場所で、同じような姿で立っていたのだ。  ぼくは目を覚ますと朝食を食べずに手早く着替えた。今日は日曜日だ。いつもならただでさえ朝起きるのが億劫なので、昼過ぎまで下手をしたら寝ている。ただ、今日は違った。目を覚ますとすかさず起きることが出来たのだ。ぼくには行かなければならないところがあった。  ぼくは、昨日携帯を水没してしまった。中身を見てもらわないといけ