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食事の嫌悪感を拭えずに何年も

登場人物

男:サラリーマン
女:得体が知れない

本編

(ここのセリフは低めに)
女「人間の肉は甘美でほろ苦く、程よい塩味と酸味、部位によっては辛味を感じるものもあり、すべての味覚を満たしてくれる。ただ、数年前から、食事をするたびに思い出す人物がいる。それは、夜中に橋の真ん中で立っていた、サラリーマンの男だった。」


女「どうしたんですか?」

男「あ、どうも…いや…景色を眺めてました…」

女「なんで景色を眺めてたんですか?」

男「あ…実は…会社の人間関係に疲れてしまって…」

女「そうなんですか…」

(ここのセリフは低めに)
女「いつもこうやって、寂しそうにしている男に声をかける。大抵の場合、女のわたしが声をかければ、少し嬉しそうな顔になる。ましてや「家に来ないか」といえば、殆どの場合喜んでついてくる。ただ、この男は私が声を掛けても一切表情が変わらない。私は、「この男は駄目だな。」と思いながら、半ば諦め気味に続けた」

女「…あの、もしよければ、私の家に来ませんか?」

男「え??いや、ちょっと…」

女「元気がなさそうなので……もしよければお食事でも」

男「……じゃあ、お食事だけ」

女「よかった!じゃあこっちです!」

(ここのセリフは低めに)
女「この男が私の誘いにのってくるのは意外だった。自宅へ案内している間、男の顔を観察していたが、一切表情が変わらない。ずっと、景色を眺めていたときと同じように、瞳に色がない。私が適当な笑い話をしても、笑顔にはなるが、瞳には何も映らない。普段は食材の顔など気にしないが、この男の瞳に関しては、何故か気になった。」


女「どうぞー」

男「あ、お邪魔します」

女「何食べます?」

男「…なんでもいいですよ。」

女「苦手な食べ物とかありますか?」

男「 …とくには…ないです。」

女「じゃあ、私オムライスが好きなので、オムライスでいいですか?」

男「はい。お願いします。」

女「わかりました!…あ、「ショーシャンクの空に」って映画見たことありますか?」

男「あ、いえ…名前だけは聞いたことあるんですけど…」

女「じゃあ良かった!Netflixで見れるので、それでも見て待っててください!」

男「あ…わかりました……これ…どのリモコンで…」

女「あ、すみません!私がつけますねー」

(ここのセリフは低めに)
女「この日も同じように映画を勧めて、テレビに映す。映画もいつも決まっていて「ショーシャンクの空に」だ。
冷蔵庫にあったもも肉と玉ねぎを細かく刻んで、下ごしらえをする。もちろん、このもも肉は別な人間の最後の食材だ、食材確保を終えたあと食べるために作っている。この男に与えるつもりは毛頭ない。卵をといて、フライパンに油を注いで、温める前にいつものセリフを言う。」

女「あ、私このシーン好きなんですよねぇ…」

男「へぇ…」

(ここのセリフは低めに)
女「アンディデュフレーンがショーシャンク刑務所に入所してくるシーンで、包丁を右手に持ち、左手で喉元を抑え声が出ないようにしてから、素早く喉に刃を入れる。
普段であればそれで食材の確保は終了なのだが、そのときは違った。喉に刃を数ミリ入れた瞬間、食材と目があった。私は何故か、その時一瞬躊躇ってしまった。
食材は安心したような顔で私に向かって微笑んでいた。
その瞳には、鉄のように無表情な私が写っていた。
抵抗されると厄介だと思い、そのまま刃を入れたが、その食材が抵抗することはなかった。」


(ここのセリフは低めに)
女「今でも食事をしているときに、その微笑みを思い出す。なぜ笑顔だったのか、なぜ何も抵抗しなかったのか。その理由はずっとわからない。分かる必要も無いのだが…そう思っているのだが…
私の手についた血の匂いが取れないように、この記憶も私の脳から一生取れないのかもしれない。」

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