作品を改善したら売上がガタ落ちした話

私は懺悔室の神父に告白しなければならないことがあります。

それは私が声優として駆け出しだった10年前の出来事。
ある日、当時の私にとって最大規模の仕事が舞い込んできました。

それはエジプトのゲーム会社からのキャラボイスの依頼でした。

代表のサディード氏(仮名)が言うには、「日本向けのゲームを開発しており、前作がヒットしたので続編を作りたい」とのこと。

ちなみに出演料は10万円+税でした(ただしナレーションも入れて25役もあった)。

私は初任給で3Pコース付きの箱ヘルに飛んでいく童貞君のようなテンションでこの依頼を快諾しました。

ところが、原稿を受け取ってみると、思いもよらない事実が発覚します。

なんと、日本語が超絶カタコトなのです。

そこで瞬時に思いついた善意の行動が、私の最大の過ちとなりました。

私は真っ先にこう提案したのです。

「原稿を全て正しい日本語に校正します!!」

私は昔から日本語力には自信がありました。
語彙力・表現力・構成力・想像力・ニュアンス感覚など、どれを取っても抜きん出ているという自負がありました。
調子に乗った若者だった訳ですね。

その提案に対し、サディード氏は「なんと、そこまでしてくださるのですか! 佐藤さんにはいくら感謝してもしきれません。アッラーのご加護がありますように!」と大喜び。

しかも、私は校正作業を無償で申し出たにも関わらず、サディード氏は報酬を更に2万円上乗せしてくれました。

我々はまさにWin-Winの取引を結んだと確信していたのです。

そうして、数週間に渡る校正&収録作業を終え、やがてゲーム自体の開発もいよいよ大詰めに差し掛かった頃、サディード氏から改めて感謝のメッセージが届きました。

「佐藤さんへ。お元気ですか? 私は元気です。
佐藤さんがテキストを校正し、キャラクターとナレーションを熱演してくださったおかげで、このゲームは一段階高い次元に到達できたと思います。
日本の皆様にゲームをプレイしてもらうのがとても楽しみです。
本当にありがとうございました。
アッラーのご加護があらんことを」

私はとても誇らしい気持ちになりました。

今回の実績が声優としてのキャリアに多大な好影響を与えるに違いないと思いました。

そして、遂に作品がリリースされました。

すると、どうしたことでしょう。

今回のゲームは全然売れないではありませんか。
(しかも今ググってみたらAmazonで今も買えるみたいなんですが、平均★2でした)

これには私もサディード氏も「何も言えねえ」というほかありません。

そこで、私は前作がなぜ売れたのかを突き止めようと、問題のゲームについて調べてみました。

すると、予想だにしなかったことが判明したのです。

なんと、前作を購入したユーザーのレビューを読んでみると、そのほとんどが「たどたどしい日本語が笑いを誘う」といった内容で、あの前作はいわゆる『ネタ枠』で売れていたのです。

言うなれば、サディード氏のカタコトな日本語で紡がれる壮大なストーリーが面白かったのであって、それを普通の日本語にしてしまったことで、私は作品の強みを奪ってしまっていたのです。

サディード氏はこの件を蒸し返したりせず、その後も定期的に近況報告を送ってくれたりと、仲良くしてはくれたのですが、私はサディード氏の会社に対して相当な金銭的損失を与えてしまったかもしれません。

よかれと思ってしたことが、思いっきり逆効果になってしまった訳です。
それも「作品の質が落ちた」とかいった主観的な問題ではなく、明らかに売上を落としてしまったのです。

ちなみに、サディード氏からはそれ以来仕事の依頼はありませんでした。
日本向けのゲームから撤退してしまったかもしれません。

この事件があってから、私は安易にクライアントの作風や方針に口を出すことは控えるようになりました。

いくら我々がプロの声優・ナレーターであれ、仕事に関する最終決定を下すのはクライアントです。
クライアントの意向を我々の判断で捻じ曲げたにしても、その責任を喰らうのはクライアントな訳です。

我々の仕事は、あくまでもクライアントが作ろうとしている作品をありのまま形にすることです。

我々の主観で軌道修正を試みようとする時には、充分すぎるくらいに慎重にならなければなりません。

落ちた売上をポケットマネーで弁償できるなら話は別ですが。

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