スクリーンショット_2019-06-07_11

建築生産マネジメント特論講義2──「プレハブ住宅」の展開(前編)

本稿は、東京大学大学院にて開講中の権藤智之特任准教授による講義『建築生産マネジメント特論』を、一部テキストベースで公開するものです。

建築学における「プレハブ」は、「プレハブリケーション(Prefabrication)」の略語である。その語の指し示す通り、事前に作っておくこと、転じて敷地で組み立てる建設方式を指す。上に示した二つのイメージは、生産システムと建築が地理的に分離したことを端的に示すものだ。本稿ではこうした「プレハブ」という想像力がどのようにして育まれたのか。また日本における住宅のプレハブ化がどのように展開してきたのかを概観してゆく。

カバー写真出典:左はイギリスの風刺漫画雑誌『パンチ』に掲載された挿絵(House Out of Factory/ John Cloag Hon A.R.I.B.A. and Grey Wornum F.R.I.B.A. 1944 p.10)、右はソ連軍によって行われた住宅輸送実験の写真(ソ連の建材パンフレット、「建築の生産とシステム」より転載)。

大量生産と互換性

実は、「事前に作っておいて組み立てる」というコンセプトの歴史は意外に浅い。その画期は19世紀、1851年に開催された第一回ロンドン万国博覧会に見られた。ひとつはガラスでつくられた万博会場、水晶宮(クリスタル・パレス)。温室建築の技術を応用して作られたそれを、「プレハブ建築」の元祖と呼ぶことは可能だろう。しかし、むしろここで注目したいのは、クリスタルパレスの展示物のなかでもひときわ人気を博した一品、"後進国"アメリカが展示した「コルト式拳銃」だ。

クリスタルパレス内のアメリカ展示館(1851年)「アメリカン・システムから大量生産へ 1800-1932」、デーヴィッド・A・ハウンシェル、名古屋大学出版会、1998年、p.24より転載)

なぜただの銃が注目を集めたのか。それは、この銃が部品同士の「互換性」をほぼ実現した拳銃だったからだったからである。たとえば複数の拳銃をバラバラに分解した後シャッフルし、あらためて同じ数の銃に組み立て直す──それでもコルト式拳銃は機能する。銃といえば軍用か貴族用、それも貴族が狩猟に使う非常に精巧な銃を手作業で作りあげる伝統のあったイギリスにおいて、「互いに交換できるほど精度の高い部品」を機械加工で実現し、それを組み合わせて銃を作り上げるアメリカ式の製造方式(アメリカン・システム)は想像だにしないものであった。


ハイランド・パーク工場の組立ライン(エディソン・インスティチュート、ヘンリー・フォード博物館蔵、「アメリカン・システムから大量生産へ 1800-1932」、デーヴィッド・A・ハウンシェル、名古屋大学出版会、1998年、p.323より転載)

こうして19世紀中葉以降急速に発達した大量生産、その一つの到達点は自動車生産の現場に訪れる。T型フォードの生産における「組み立てライン」の導入だ。ラインに従事する作業員には、あらかじめ分解された製品の制作工程が順番に割り振られる。作業員はただ、自分の持ち場に次々に流れてくる部品をひたすら組み立て続ければよい。ここでの至上命題は、いかにラインの流れを止めないことであり、そのために「各工程にかかる時間を同期化すること」が目指された。始まったのは「作業工程の厳密な管理」である。組み立てラインを支えていたのは大量生産された互換性部品だけでなく、厳しく管理された作業員たちの仕事だったのだ。

こうして自動車の大量生産が実現した。「マクシー・シルバーストン曲線」が教える通り、同じものを作れば作るほど単位あたりの生産コストは下がる。高級品だった自動車の価格は、誰もが買える値段にまで落とし込まれ、T型フォードは爆発的に普及。今日にまで続く自動車社会の幕が上がった。


レヴィットタウン(Courtesy of the Levittown Public Library Collection、テオドール・プルードン、近代建築保存の技法、2012年、鹿島出版会、p.285より転載)

互換性技術に支えられた部品による大量生産と、組み立てラインを実現する作業工程の管理。培われてきた一連の思想を住宅生産にもちこんだのがウィリアム・レヴィットである。彼はマンハッタンから約30kmの場所に位置する広大な土地に「レヴィットタウン」を手がけた。第二次世界大戦が生んだ大量の帰還兵に、近代的な住宅と生活を提供する1万8千戸の巨大郊外住宅地である。住宅の大量生産を実現するため、ここでも「ベルトコンベア方式」が採用される。ただし自動車と違い、住宅を動かすことはできない。かわりに移動したのは作業員たちだ。単一の作業を担当する作業員のグループが、先行する作業員グループのあとを追いかけながら一段階ずつ施工してゆくのだ。

住宅の大量生産はこうして最初の成果をあげた。レヴィットタウンは設備の整った住宅を安価かつ大量に供給し、それらは瞬く間に売れた。同じ家が大量に並ぶ、小綺麗に整備された住宅街。電車でマンハッタンに通勤する夫と、専業主婦の妻。レヴィットタウンは1950年代のアメリカ、華やかな消費文化の時代を象徴する文化的なアイコンですらあった。

日本のプレハブ住宅──大量生産から商品化へ

以上のように、19世紀に産声をあげた大量生産の思想は、20世紀になって住宅の大量生産を実現した。ここからは日本における住宅の工業化・大量供給の試みと、その後の展開を追っていく。

左:プレモス(「Home Delivery」、p.33より転載)、右:プレモスの壁用パネル(「昭和住宅物語」、p.263より転載)

前回述べたように、戦後日本は空前の住宅不足を抱えていた。前川國男が設計したプレモスや、浦辺鎮太郎(うらべ・しずたろう)が設計したクラケンハウスは、こうした状況に対する建築家からの応答である。多くの建築家にとって、「住宅の工業化」は一大テーマであった。

左:ミゼットハウス(「『住宅ができる世界』のしくみ」、松村秀一、彰国社、1998年、p.66より転載)、右:セキスイハウスA型(積水ハウス50年史、2010年、p.11より転載)

それは産業界も同じである。なにしろ巨大な市場だ。60年代には今日まで続くハウスメーカーの多くが出揃う。大和ハウスは1959年にいち早く、3時間で組み立てられる6畳1間「ミゼットハウス」の販売を開始して大きなヒットを飛ばす。化学系材料メーカー積水化学工業からスピンアウトした積水ハウスは、得意とするプラスチックを建材に用いた「セキスイハウスA型」を実現(発売当時は積水化学)。松下幸之助率いる松下グループは、「ナショナル住宅建材」を通して不燃化、関西間などを特徴とする「松下1号型」を売り出した(発売当時は松下電工)。また積水化学工業は自社でも再度住宅市場に参入し、大野勝彦設計による「セキスイハイムM1」で、箱型ユニットを組み合わせたプレハブ住宅を世に問うた(発売時名称はセキスイハイム)。

左:大和ハウスA型屋根束立てパネル(「箱の産業」、p.41より転載)、右:セキスイハウスB型トラス小屋組(同書、p.76より転載)

初期には多様な提案が見られた住宅の大量生産への試みだが、その後の歩みにこそ目を向けたい。ミゼットハウスを擁する大和ハウス、セキスイハウスA型を擁する積水ハウスを例にとろう。いずれもユニークなプレハブ住宅を世の中に提示していた二社だが、これらの後継種である大和ハウスA型とセキスイハウスB型には類似点があった。それは「屋根トラス」の採用によって、屋根組みを構造的に自立化させたことである。これにより、ミゼットハウスとセキスイハウスA型にみられた屋根構造による平面の制約は解消され、より自由なプランニングが可能となった。

左:セキスイハイムM1(「Home Delivery」、p.33より転載)、右:セキスイハイムM2(「ユニット住宅の世界」、積水化学工業株式会社、1990年、p.127より転載)

このことは技術的な発展であると同時に、プレハブ住宅の「商品化」を象徴するものでもある。たとえばアヴァンギャルドな外観も相まって人気を博したセキスイハウスM1は、後継のM2において、いかにも「住宅然とした外観」を纏う。大量生産は住宅供給の必要条件ではあるが、十分条件ではなかった。それが市場に受け入れられて十分な需要を喚起すること、すなわち「売れる」必要があったのだ。プロトタイプの時代は早々に終わり、なるべく多くの需要を喚起する意匠が求められて行く。住宅不足が解消される80年代に入ったころには、マーケットのニーズになるべく対応して行くための、「多品種少量生産」の時代が訪れた。


建設費別の住宅の構造(「『住宅ができる世界』のしくみ」、松村秀一、彰国社、1998年、p.131より転載、左から在来木造、プレファブ、枠組壁工法、その他)

その結果として引き起こされたのは、住宅購入者の多様なニーズに対応するための部品点数の爆発的な増加、その帰結としての「高価格化」である。安く品質の良い住宅を供給するという初期のプレハブ住宅の目論見はいつしか変化をとげ、今日におけるハウスメーカーの住宅は「高級品」となった。これに伴い、建築家は工業化住宅の試みとは決別してゆく。市場経済を通した住宅供給のプロジェクトは、「住宅産業」の自立によってひとつの到達点に至ったといえよう。


現代における住宅部品を考える

後編「現代における住宅部品を考える」へ続く

お読みいただきありがとうございました。引き続き後編をお楽しみください。権藤智之研究室のHPはこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?