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小野寺彩子のお悩み相談室!」 第一章「女神爆誕!!」

作:草薙健一

第一章「女神爆誕!!」

- 古人曰く、天は自ら助くる者を助く -

 ある日、日本上空ですさまじい数の流星群が観測された。
 その流星は地球の大気との摩擦による高温を発していたはずなのに白熱した光ではなく、美しい碧色に輝いていた。この現象を解明すべく、天文学者たちは記録メディアを確認したが、奇妙なことに、どの記録メディアからもその碧色の光の痕跡を見つけることができなかった。
 その次の日の朝刊は正体不明の流星群の話題で持ちきりとなったが、一切の記録メディアにその光景が記録されていなかったため、流星群の話題はその日限りとなった。
 そして僕もまた、その碧色に光る流れ星を見ていた。

 僕の名は藤原崇。千葉県の柏市にある私立光陽学園に通う高校2年生男子。クラスは2年B組。
「光陽」というのは、太陽のように光輝けという意味で学園創設者兼理事長がつけた名前らしい。
 柏市は東京の上野から快速電車で25分くらいのところにある人口40万を超える大都市だ。
 駅前にはデパートが立ち並び、最近まで潰れていた映画館は映画雑誌会社に買い取られ、生まれ変わった。
 でもそんなことは僕にはどうでもよかった。
 僕はクラスで数人の男子グループからイジメを受けていた。
 高等部から入学して最初の中間テストのあとからずっとだからもうかれこれ1年近くになる。

 僕がイジメにあった理由というと、思い当たるのは、僕が身長180cmもあったのにがり細で、眼鏡で、体育はまったくできなかったが、そのかわり他の科目の成績が抜群によかったからだろう。
 それが彼らの癇にさわったらしい。
 彼らはこの一貫教育を実施している光陽学園の中等部を受験して合格はしたものの、その立場に安穏として勉強をサボっていたため、高等部に進級した最初の定期試験で苦い現実を突きつけられた結果、不良になってしまったらしい。はっきりいって運も無ければメンタルも非常に弱いかわいそうな連中なんだろうけど、彼らから理不尽なイジメを受けている僕は彼らの境遇には全く同情できなかった。

 彼らは僕からお金を奪ったりはしなかった。彼らはそれなりに裕福な家庭の、恵まれた環境にあったのだ。
 クラスメートたちは僕を無視し、事なかれ主義の担任は知らん顔を決め込んだ。
 僕はくやしかった。
 僕は何にも悪いことはしていない。なのになぜイジメられるんだろう。

 僕は日記を毎日つけていた。その日起こったことを日記に記載し、その日のできごとを1点から5点までに分けて採点していった。
 5月9日:佐伯から殴られた。0点。
 5月10日:小川から宿題を写させろといわれた。断ったら殴られた。0点。
 僕の日記は0点ばかりになった。
 彼らは顔面や頭部などの露出部は決して攻撃しなかった。
 眼鏡がこわれなかったことと、父から学園の入学祝いにプレゼントされた時計を奪われなかったのが不幸中の幸いだった。
 僕はくやしかった。くやしくてくやしくてしょうがなかった。
 でも僕には何もできなかった。
 ただただゾンビーのように学校と家を往復する日々が続いたが
 心の奥底深くに昏い復讐の念を蓄えることだけは決して止めなかった。
 それを止めることは、僕にとっては死ぬことと同じだった。

 そんなある日、僕は女神に出会った。
 彼女の名は小野寺彩子。
 だが彩子は女神とはいっても幸運の女神では決してなかった。
 これから僕を運命という名の嵐に巻き込む、荒ぶる女神だった。

 初夏のある日、彩子はこの私立光陽学園にやってきた。
 一時間目のHRのとき、事なかれ主義の担任がクラス全員にこう告げた。
 「今日はみんなに転校生を紹介する。入ってきたまえ」
 がらっと扉を開けて夏服に身を包んだ少女が入ってきた。
 断言しよう。
 彼女は本物の「美少女」だった。
 夏用のセーラー服から伸びた、すらりとした手足。
 腰まで届く長い黒髪。
 くびれた腰と必要以上に出っ張った胸。
 鼻は高すぎず低からず。
 おでこを隠す長さの前髪の下から輝く少しつり目気味の眼はぱっちりと大きく見開いていて、そして身長180cmの僕と同じくらい背が高かった!
 クラスメイトたちがざわめいた。

「うわ、すっげえ美人」
「背、高いわよね。10頭身くらいあるわ!まるでモデルみたい!」
「うわああああ、『長身』!『長髪』!『黒髪』!『巨乳』!これは『萌え』だ!『萌え』の完成形キター!」
 大声で騒いでいるのは漫研に所属している吉田くんだ。
 彼は僕のことを無視しない、数少ないクラスメートの一人だった。
 僕には彼のいう『萌え』というものがよく分からなかったが、たぶん彼にとっては大事なことなんだろう。

「じゃあ、自己紹介を」
 彼女は黒板いっぱいに「小野寺彩子」と大きく書いた。
 そして上品でありながらよく通る声で自己紹介を始めた。
 「小野寺彩子と申します。私の望みはこの学園のみんなのお悩みを解決して、みんなをしあわせにすることです。よろしくお願いします」
 彼女は深々と頭を下げた。
 クラスの全員が固まった。どう反応していいか分からなかったのだ。
 やがてぱちぱちとまばらな拍手の音がした。
「席は・・・そうだな藤原の後ろがいい。なかよくしろよ」
 彼女はしずしずと歩んできた。
 僕の席は教室の後ろから二番目にある。彼女の席はクラスのいちばん後ろとなった。
 そして彼女の歩みの途中で下品な野次を飛ばしたものがいた。
 小川だ。
 彼は僕をイジメるグループのリーダーだった。

「けっ!デカ女が!」
 彩子は小川に向けてくるっと一挙動で振り返った。
 その長身をかがませ、いすに座っている小川の顔面に顔を近づける。
「あんた、今なんていった」
 彩子の怒気が膨れ上がるのが傍目にもわかった。
「な、なんだよ」
 小川は彩子の気迫に押されてびびっていたように見えた。
 次の瞬間、彩子の鉄拳が小川の顔面に炸裂した。
「げふっ!?」
 小川は映画「燃えよドラゴン」の主演俳優であり、武術家だったブルース・リーに
ぶん殴られたかのように椅子ごと床に叩きつけられた。
 お見事。僕はブルース・リーのファンだ。

「今度また私をデカ女といってみなさい。殺すわよ」
 そう告げた彩子は再びしずしずと歩んで僕の後ろの席に座り、何事もなかったようにこういった。
「先生、HRの続きを」
「あ、ああ、そうだな」
 事なかれ主義の担任はこの期に及んでもまた、何事もなかったように振舞った。
 さっきまで『萌え』、『萌え』と連呼していた吉田くんは、まるで凍り付いたかのようにあんぐり口を開けたまま固まっていた。
 どうやらさっきの彩子の行動は、『萌え』からは遠く離れた物であったらしい。
 かくして彩子の名は学園中に知れ渡った。

 彩子に話しかけるものは男子も女子も全くいなかった。吉田くんさえもだ。
「な、何だあの女!おっかねええ~~~っ!」
 というのが吉田君の感想だった。
それに下手にかかわったら小川たちの標的にされる。

 数日後の放課後、彩子に殴られた青痣が消えた小川たちに僕は袋叩きにされた。
 彼らにとっては日課のようなものだ。
「この野郎!あのデカ女に色目使いやがって!」
 彼らは傷跡が残る露出部はけっして攻撃しない。
 そして僕は映画で見たブルース・リーの、鬼のような腹筋を目指して日々鍛えていた。
 小川たちは去った。
 僕の身体に傷はない。
 でも僕の心には深い痕が残った。
 いつものように。
 そう、いつものようにだ!
 ぱたぱたと制服についた埃をはたいて立ち上がると
 いつの間にか僕の側に彩子が立っていた。

 「あなた、イジメられてるのね」
 
 彩子はいきなり、僕の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
 僕は女の子からそんなことをされた経験は今まで一度もない。
 心臓の鼓動が勝手に早まって、僕の胸の中でどくんどくんと打ち震えた。
 彩子の身体からは、花のような、草木のような、甘やかな香りが立ち昇っていた。
 彩子は僕に言い聞かせた。

「いいこと、藤原くん。あなたは強いのよ。あなたは逆境にも負けず、けっして他者を蹂躙することはしなかった。でも小川たちは違う。彼らは自分たちに課せられたプレッシャーに負けて他者を蹂躙することで、自分たちの欲望をつかの間満たしているだけ。藤原くん、そんな情けない連中にイジメられてくやしくないの!」
 僕は彩子の顔のそばで首を横に振った。
「くやしくないわけなんかない!」
「ならば良し!」
 彩子は僕の両肩をがしっとつかんだ。
「藤原くん!私をあなたの家に連れて行きなさい!」
 え、え、え~!
「まずは作戦会議よ!」
 僕は彩子に首根っこ引っつかまれて僕の家に連行させられた。

 僕の家は光陽学園からバスで15分ほど離れた団地の中にあった。
 僕の両親は共働きで、家には誰もいない。
 僕たちは居間で向いあって僕の淹れたほうじ茶を飲んだ。
 あたたかいものを飲んで人心地がついた僕は彩子に、僕が今まで小川たちからイジメを受けていたこと、ブルース・リーの映画「燃えよドラゴン」(今ではかなりマニアックな映画だ)を偶然CS放送で観てリーに憧れ、ブルーレイディスクを買い、4日間かけて10回繰り返し観て、次の日から毎日腹筋を200回やっていること、毎日日記をつけていることなどを話した。
「なるほど、向上心はあるのね。鍛えがいがあるわぁ~」
 いかん、この女の子、おかしい。
 僕はいまさらながら気がついた。
 僕の気持ちを察したのか彩子はこういった。
「藤原くん、私が自己紹介のときにいったことおぼえてる?」
「うん・・・」
 うなずいた。あんな奇天烈な自己紹介、忘れるわけがない。
「実は私は女神なの」
「はああああ!?」
 この女の子は正気でいってるのか!?
 僕は彩子の顔をじっと見つめた。
 さっきまで黒かったはずの彩子の瞳は、今は碧色に輝いていた。
 ヘンだ!絶対にこの女の子はヘンだ!

「私は何千という分体となってこの星に降臨した。藤原君も見たでしょう。あの碧色に輝く流星群を。あれが私。私の願いはこの世界をしあわせにすること。そして私は力を得、再び宇宙(そら)に帰還する。でもそのためにはまず私の身の回りからしあわせにしなくっちゃ」
 僕は再び彩子の胸に抱きしめられた。
 いつしか彩子は全身が暖かな碧色の光を帯びていた。
「いいこと、私は絶対にあなたをしあわせにする。全身全霊全存在をかけて誓うわ」
 彩子の碧色の瞳が僕の顔に近づいてきた。
 ちゅっ。
 僕は彩子の胸に抱かれたまま失神した。

「藤原くん、起きて。起きなさいよ」
 がくがくがく。僕は彩子に強引に振り起こされた。
「あ、小野寺さん・・・」
「今は作戦会議の時間でしょ!なにをぼーっとしているのっ!」
「小野寺さんはさっき僕にキスを・・・?」
「藤原くん、成績優秀のはずなのに、もしかしておバカな子なの?」
 彩子は僕の正気を疑うような目をした。
 どうやら彩子には自分が女神だといっていたときの記憶がないらしい。
 これ以上あのキスのことを口にしたら小川のようにぶん殴られるかもしれなかったので、
僕は僕の大事なファーストキスの思い出を心の奥底にしまっておくことにした。

「どうやら正気に戻ったようね。日記を見せなさい。ふむふむ、これは立派な証拠になるわね。藤原くん、あなたPCは持ってるわよね?ネット環境は?ある。よし!」
 僕のPCと僕の両親のスキャナーを接続し僕の日記をかたっぱしから取り込んで文字データに起こす彩子。
 何をしているのかと訊いたら、ブログにアップしているのよ、とのこと。
 他人の日記をネットにアップするなんて何考えてんだ!?
「だいじょうぶ、これ非公開だから」
 ちちちと人さし指を振る彩子。夜6時半、部屋にオレンジ色の夕日が差し込んできたころ彩子の作業は終了した。
「今日のところはこれでよし。明日はいよいよ決定的な証拠固めよ。藤原くん、もう少しだけがまんしてね。あさってには徹底的な復讐を、思う存分かなえさせてあげるから」
 にんまりと笑う彩子。
「あと、今日からなるべく何回もブルース・リーの映画を観るのよ。立って観るとなおいいわね。約束よ」

 翌日放課後、学校の階段の踊り場で僕は再び小川たちに袋叩きにされた。
 ただひとりの味方がついてくれてもやっぱりダメか・・・。
「ダメじゃないわよ」
 階段の陰からひょこっと顔を出す彩子。いつからそこにいた!?
「これで、決定的な証拠ができたわ」
 右手に持った最新型のスマートフォンを僕に見せる彩子。
「まさかそれもネットにアップする気じゃあ・・・」
「そうよ、当然でしょ。それより、ブルース・リーの映画観た!」
「2回観たけど・・・立ったままで」
「ようし、やる気十分じゃない!明日こそが決戦の日!決戦に備えてもう2回観ておくのよ。そしてこれが明日のための必殺の呪文。よく読んでおきなさい」
 僕に折りたたんだ紙を渡して、用事があるからと先に帰る彩子。
 折りたたまれた紙を拡げてみるとA4サイズのコピー用紙に
「来い、来い、来い、来い、ブルース・リー!」
 とだけぶっとい筆ペンで書かれてあった。なんじゃこりゃ。

 家に帰った僕はまた「燃えよドラゴン」を観た。21時に帰ってきた40代後半の父、テレビを見て。
「おお、ブルース・リーじゃないか。なつかしいな」
「でも、家に帰るなりずっと観てるらしいんですよ。ニュースと天気予報と食事の時間だけは中断させましたけど」
 と母。
 なにしろ僕は立ったままで画面を眺めているのだ。
「まあいいじゃないか。崇は不良じゃないし成績だって優秀だ。たまにはこんなことがあったっていい」

 翌日の放課後、彩子は僕を引き連れてつかつかと小川の席に向かった。
「おいあんた」
「な、なんだよ」
 彩子の来襲に怯む小川。
「そう、怯えなくてもいいわよ。今日あんたに用があるのは私じゃなくてこの藤原くん。藤原くんはね・・・、あんたにタイマンを挑みに来たのよ!」
 な、何だってー!
「私はあんたの取り巻きに手を出させないための介添え人。いい、学園裏の公園で30分だけ待つわ。あんたたちの家と帰り道は住所録とネットの地図サイトで確認しておいたから逃げても無駄よ。私たちはあんたたちの帰り道を待ち伏せしてひとりずつ全員、必ずぶちのめす。どっちがいいかしらねえ?」
 僕の手を引っ張ってさっさと教室を出る彩子。
 おいおい、どうするんだよ!タイマンって一対一のケンカのことだろ?!
 待てよ、今までは一対多数だった。
 一対一なら何とかなるかもしれない。
 そう気づいた瞬間、僕の心の奥深く蓄えられていた復讐という名の巨大な爆弾の導火線に今、火が点いた。

 僕と彩子は学園裏の公園で西日を背にして小川たちを待った。
 僕を励ます彩子。
「いい気迫だわ、その意気よ藤原くん!あなたはひとりじゃない!」
 彩子は僕に正面から向かい合って僕の両手をぎゅっと握りしめてきた。
「いいこと、藤原くん。私を信じなさい。私を信じてさえくれれば、私は奇跡だって何だって起こせるのよ!」
「何それ?」
「まずはその眼鏡をなんとかしなくちゃ。もし万が一顔を叩かれて眼鏡の破片が目に入っちゃったら困るものね」
 いうなり彩子はぱっと僕の顔から眼鏡を取ってしまった。僕は眼鏡なしでは視力が両眼とも0.1しかない。
 あたふたする僕に彩子の瞳がぼーっと碧色に輝いているのが見えた。出た!女神モードの彩子だ!

「大丈夫よ。あなたにはもうおとといから私の呪文がかけてあるんだから」
「え、呪文って、まさかあのキ・・・」
 ばばっ!
 彩子の両腕が何かの印を顕わすかのように組み合わされ
 右掌が僕の眼前に突き出された。
「顕現せよ!神成る奇跡!」
 彩子の身体からごぉっと緑の香りのする突風が吹いた!
 僕は思わず目をつぶった。
 そして閉じたまぶたをゆっくりと空けてみると、そこにはくっきりと彩子が立っていた。
 しかも気のせいか、眼鏡をかけていたころよりはるかに鮮明に見える。
「さあ、これでもう眼鏡はいらないわ」
 彩子は僕のかばんを開けて眼鏡ケースに眼鏡を納めた。東側、公園の入り口から声が聞こえてきた。
「さあ、今日のゲストのご登場よ。いや、生け贄かしらね?」
 小川たち、イジメグループの登場だ。
 彩子はいつもの彩子に戻っていた。

 小川は僕との一対一の決闘、彩子の助太刀なしということで強気に出ていた。
「おい小野寺。今日はおれとそこのひょろがりとのタイマンでお前は手を出さねえんだよなあ?」
「そうよ、私は手を出さないわ。むしろあんたがそこのちんぴらどもに助太刀してくれって泣きごというんじゃないかしら?」
 と彩子。
「な、なんだと!」
 気色ばむ小川。
「さあ、始めましょうか」
 彩子の一声で僕と小川は3mほど離れて向かい合った。
 僕が西日を背にしているので、小川は日陰になっている僕のことがよく見えないらしい。
「藤原くん、右足前、両足を前後に肩幅に開いて!」
「はい!」
「右手は開いておへその前の高さに!左拳はほっぺの横よ!」
「はい!」
「へっ、こいつ女のいうことなんか聞いてるよ。とんでもねえ弱虫野郎だぜ」
 嘲って前に出てくる小川。小川は完全に僕を舐めている。
 小川が不用意に僕の制空圏に進んできたとき、彩子の指示が飛んだ。
「今よ!ストッピング!」
「はい!」
 僕は右掌を小川の顔面に向けて突き出した。
「な!」
 小川は身長が170cmしかない。180cmの僕とは所詮リーチが違う。
 僕に顔面を押さえられたまま振り回す小川の拳は空を切った。
「半歩前に出る!」
「はい!」
 右足前のまま右腕に力を入れてがっと前に出た。
「おわっ」
 バランスを失った小川は派手に尻もちをついた。
「今よ、藤原くん!いまこそあなたの”2人目の仲間”を天空から呼び出すとき!いっしょに唱えるのよ。あの呪文を!来い、来い、来い!」
「来い、来い、来い!」
「来い!ブルース・リー!!!」
 僕と彩子は同時に絶叫した!
 次の瞬間。
 どかん!
 僕の中で爆弾が爆発した!
 ものすごいエネルギーの奔流が全身を満たす。
 両方の肩甲骨がぼこぼこと盛り上がる。全身の筋肉が膨張し、ワイシャツのボタンが弾け飛んだ。
 こおおおおおーっつ!ふーっ!ふーっ!僕の口から呼気がもれ出た。
 僕は確信した。
 彩子の「奇跡」が、僕の身体にブルース・リー師祖の霊を憑依させたのだ。
 僕は、
 僕は、
 僕は、ブルース・リーだ!
「な、なんだこいつら。頭がおかしくなったんじゃねえか?」
 立ち上がっていた小川がわめいた。
「あたっ!」
 気合が拳に乗った。僕=ブルース・リーの右拳が蛇のように動いた。
僕の右フリッカージャブは小川の顔面を直撃した。
「がっ!?」
 鼻血を噴いた小川。もう許さない。
「あたっ!あたっ!あたぁっ!」
 右ジャブ、右ジャブ、左ストレート。小川の顔面はあっという間に鼻血で真っ赤に染まった。
「ほおぉっ!」
 気合いと共に大きく踏み込んだ。
「あたあぁあっ!!」
 ステップインしての右横蹴りを胸元に食らった小川は5mも吹っ飛んで、イジメグループを巻き添えにぶっ倒れた。
「ぎゃああっ!」
 誰か小川の下敷きになって足でもくじいたらしいが、僕の知ったことではない。
 僕はつかつかと歩み寄り、小川の首根っこをつかんで引きずり上げた。
「や、やめて・・・」
「お前はいままで僕が『やめて』といってやめたときが一度だってあったか?」
「ひぃいいい」
「うるさいッ!」
 小川の左耳の下、あごの付け根に渾身の力で右ひじ打ちをぶち込む。
 小川は三半規管を揺らされ、地面に昏倒した。
 僕は一歩退いて残心を取った。それから10秒経っても20秒経っても小川は地面に倒れたままだった。
 勝った。
「おおおおおーっ!」
 僕は雄叫びをあげた。
 次の瞬間、ブルース・リー師祖の霊が身体から去るのがわかった。きっと再び天に帰ってゆくのだろう。ブルース・リー師祖の言葉が頭の中に響いた。
『Don't think. Feel!』(考えるな、感じろ!)
 ブルース・リー師祖!ありがとうございました!
 胸の前で左掌に右拳をつける「抱拳礼」を僕は天に捧げた。

 ここでイジメグループのNo.2、佐伯が僕に向かって走ってきた。
「よくも小川をおお!」
 次の瞬間、するっと前に出た彩子の金的蹴りを股間に食らった佐伯は悶絶して前のめりにぶっ倒れた。
「ああ~、おれのタマが、タマがぁ~」
「タマなんて2個あるんでしょう!たまたま1個くらい潰れたからって何よ!」
 両手で股間を押さえて地面に突っ伏した佐伯の後頭部をぐりぐりと踏んづける彩子。
いかん、さっきの彩子が女神モードだったとするなら今の彩子は鬼モードだ。
なおも佐伯を踏んづけようとする彩子を、僕は必死になって止めた。
公園の中、地べたに倒れていないのは僕と彩子だけになった。

「あんたたち、今後二度と藤原君に手を出さないこと。まあ、そんな度胸もないでしょうけどね。あんたたちは見逃してあげるからちゃっちゃとそこの腰抜け二人を病院に連れていきなさい。保健の先生はもう帰っちゃっているでしょうから」
 イジメグループは小川と佐伯に肩を貸してすごすごと帰っていった。

 僕は彩子に振り向いた。
「ありがとう小野寺。君の起こしてくれた奇跡と、ブルース・リー師祖の霊のおかげだよ」
「いいえ、そうじゃないわ」
「?」
「私の起こせる奇跡って、ごくほんのちっちゃな物なの。その奇跡をものにできるかどうかは、奇跡を信じた人の努力しだい。知ってる?ブルース・リーって、藤原くんと同じ近眼だったの。おまけに背が低かったもんだからさあ、たいへん!」
「あのさ、なんで君そんなにブルース・リーにくわしいの?」
 僕の突っ込みをスルーして彩子は続ける。
「だけど彼は詠春拳という武術を努力して身につけて、哲学やさまざまな武術、格闘技を学んで自分自身の武術、截拳道(ジークンドー)を創始することができた。だから藤原くん、小川をやっつけることができたのは他の何者でもない、あなた自身の努力の結果なのよ。胸を張りなさい!」
 思わず笑みがこぼれる僕。努力かあ、いいなあ。

「だから藤原君がもし、ただののっぽでひょろっちいガリだったとしたらブルース・リー師祖の霊もあなたに憑依する前にがっかりして天に帰っちゃったでしょうね」
 ひどい。ひどいいわれようだ。でも、いい返せない。
 しかし、僕の中にはある疑問が残った。今の彩子は「自分が奇跡を起こせる」といっている。でも、瞳が碧色になったときの彩子はそんなもんじゃない。僕の近眼をキスの呪文で治したり、明らかに今以上の奇跡を起こせるようだった。しかもその間の記憶を失っているらしい。
 君って、いったい何者なんだ?
「さあ、藤原くん。帰りましょう」
 まあ、いいか。

 翌日、理事長室に呼び出された僕と彩子は校長、学園主任、担任、小川と佐伯の親から譴責を受けたが、僕の日記に記されていた小川たちから毎日のように受けていた暴行の記録を持って直接警察に傷害罪で訴えるつもりがあること。日記の内容がすでにネットのブログに非公開ながらアップされていること。昨日彩子がスマートフォンで録画した僕が小川たちに袋叩きにされている映像は世界最大の動画サイトに非公開ながらアップされていて、どちらもいつでも公開できること。小川、佐伯や担任教師たちの住所と実名をネットの掲示板にアップできることを通告した。
 特に最後のは効いた。ネット社会では、イジメをやっていた人間は人権をほとんど剥奪されて現実社会でも一生追い回されるらしい。理事長を除く全員の顔が赤くなり、青くなり、終いには真っ白になった。
「どうか警察だけは!ネットにアップするのだけは許してください!」
 そういって理事長を除く全員が土下座した。
 なんて用意周到な。
 今日の彩子は鬼モードじゃない。それを通り越した悪魔モードだった。

 そんな中、ただひとり無言のままで話を聞いていた理事長が椅子から立ち上がった。
 この中肉中背の上品な白髪の紳士の名はたしか、藤田っていったっけ。
 フライドチキンのお店の前に立っているおじいさんの像にちょっと似ている。
 彼はこの学園の創設者でもあったはずだ。
「いやはや、すばらしいお手並みだね。小野寺君。君のような傑物がこの学園に転校してくれたとはうれしいよ。藤原君もイジメを自分自身の力で跳ね返すとは頼もしい」
 歓喜に絶えないといった表情で話す理事長。

「藤原君に対するイジメを見逃していたのはひとえに私たちの不足だった。心からお詫びしよう。君たちふたりはお咎めなしだ。イジメをしていたグループには停学などの罰を与える。担任の教師は2週間の謹慎と減棒だ。そして、私が学内でできることならなんでもしよう。これで許してもらえるだろうか?」
「はい、ありがとうございます!」
 深々と頭を下げる彩子。つられて僕も頭を下げた。
「保護者のみなさまも、先生方もそれでよろしいですね?」
「はい・・・」
 蚊の鳴くような声で彼らは応えた。

「では、私たちは新しい部活を始めたいと思います!部室とパソコン一式、ネット環境をください。そして理事長先生、私たちの部の顧問になってください」
「おお、それはすばらしい。で、どんな部活をするのかね?」
 ごにょごにょ。藤田理事長に耳打ちする彩子。
「こいつは傑作だ!ぜひともやりたまえ、小野寺君。応援させてもらうよ」
 わっはっはと理事長の笑い声がこだました。

 放課後、僕は彩子に後ろから声をかけられた。
「藤原くん、帰りに柏駅に寄っていかない?」
 柏駅はこの学園からバスで15分。僕の家とは方向が違う。
「ねえ、これって、ひょっとしてデ、デデデデートのお誘いじゃ・・・」
「駅前のモサバーガーで、明日から始める部活の作戦会議よ。決まってるでしょう?」
 しゅーん。
 でも、まあいいか!
 もうこの学園で僕と彩子に逆らえるものはもう誰もいない。
 猛者バーガー、今の僕たちにとって、なんともふさわしい名前のお店ではないか。
 僕は彩子にずっとついていくことにした。
 彩子といっしょなら奇跡だって、なんだって起こせるのだから。
 僕の目の前には明るい未来が開けていた。

 翌日、僕と彩子は生徒会室でコピーさせてもらったポスターを、学園中に貼って回った。高等部も、中等部も全部だ。ポスターにはこう書いてあった。

「小野寺彩子のお悩み相談室!」
 イジメから恋の悩みまで、よろず悩み事相談受け付けます!
 部室は高等部校舎の501部室です。
 直接部室を訪れることがためらわれる方はeメールでも受け付けております。
 メールアドレスはayako_onodera@xxxx.comです。
 お待ちしております!
 なお、入部希望者も募集しております!
 よろしくお願いします!

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