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クラばな!(仮)第55話「ジュニアのビギナーの大会の」

~テニス会員 佐藤の視点~

朝早いテニスコートに小さなテニス選手たちが集まってくる。どの子も親に連れられて少し緊張しているようだ。
今日はクラブハイツリー主催の「ジュニアテニスビギナーズ大会」が千賀村のテニスコートで行われる。私はその手伝いで来ている。クラブハイツリーのマネジャー、植田から電話がかかってきたのは1か月ほど前だった。

「今度テニスの子どもたちの大会をやるんですけど、そこで審判をやってもらえませんか?」植田は電話越しに言った。
「審判なんてできないよ。資格なんてないし、そんなのやったことないよ」私は断りを入れたつもりだった。
「審判といっても、審判台に座って何から何までやるんじゃなくて、コートの近くに待機していて、子どもたちが自分たちで試合ができなそうだったら手伝いくらいのことなんです。この大会はまだ試合に出たことがないような初心者の子どもたちの大会で、むしろそこで試合のやり方を覚えてもらうくらいの感じなんですよ。だから本格的な審判なんてむしろいらなくて、ちょっと手伝ってもらうくらいでお願いしたいんです」
「あぁ、そうなんだ。まぁそれならいいけど。いつ?」私が日程を確認すると、「1か月後の日曜日です」と植田が言う。手帳を見ると特に何もない日曜日だった。
「まぁ予定もないし、子どもたちの為ならいいよ。やるよ」
「ありがとうございます!じゃあ日曜日の朝8時にコートに来てください。よろしくお願いします」と植田はそそくさと電話を切った。

子どもたちの受付が終わると、クラブハイツリーのテニスコートの片瀬が子どもたちをコートに集めて試合のやり方を説明する。うんうんと頷いている子もいれば、話をほとんど聞いていないんじゃないかと思える子もいる。なるほど。この子たちが試合をするわけだな。確かに本格的な審判ではなく、必要なのはお世話係なのかもしれないなと私は覚悟をする。
説明が終わると、片瀬が「じゃあ試合前に体をみんなで動かしましょう」と言って走り出す。子どもたちがそれについていく。コート4面を1周すると、体をほぐすように体を動かし始める。最後に少しだけサーブの練習をやって解散していた。
「佐藤さん、ではそろそろ試合を入れますので、担当のコートへ移動しておいてください」先ほどまで受付をしていたクラブマネジャーの植田が話しかけてくる。事前にもらっていた資料を見ると担当するコートはDコートだった。そのコートで試合予定の子どもの名前も書いてある。果たしてどんな試合が行われるのか。
「とにかく、まずは子どもたちに任せてください。色々言いたくなっても絶対に我慢してください。で、カウントとか分からなくなって試合が止まってしまったら助けてあげてください」
「了解」と私は返事をしてコートに入っていく。

子どもたちの試合は想像以上にカオスだった。サーブを打つ場所が違ったり、アウトやフォルトは普通に返すし、ポイントのカウントを言わない子や間違える子も珍しくない。というより、ほとんど間違える。言いつけ通りになるべく見守ることにしたが、自分も分からなくなるので頭の中でポイントやゲームポイントを数えながら試合を見守った。
見ていると段々と子どもたちがかわいく思えてきた。サーブが入ったり、レシーブが返ったり、ラリーが3往復した時など興奮すら覚えるほどだ。初心者の子どもの試合とはこういうものなのかと分かってきた。
ボールは私たちが使っているものとは違って、赤だったり緑だったりしている。子どものカテゴリーによって分かれているようだ。赤いボールは大きくて柔らかそう。緑のボールはほとんど変わらないように見える。でもたぶん違うのだろう。
もう1つ分かったことがある。この子たちは試合を重ねる毎に上手くなっている。試合の進行もスムーズになってきているし、ラリーの回数も確実に増えている。大会中に成長しているのだ。

5試合くらいを見たところでコートの脇から植田が話しかけているのに気づいた。
「佐藤さん、お昼休憩にしてください。お弁当用意してるので」
私はお言葉に甘えて休憩をもらうことにした。コートを出て受付のある本部に行き、弁当を受け取る。それをコート脇のベンチで食べることにした。

コートの周りには試合を待つ子どもたちや観戦している保護者たちがたくさんいた。子どもたちはすっかりリラックスしたようで、普段コーチをしてもらっている片瀬や植田と楽しそうに話している。
「ねぇねぇコーチ、俺の試合あと何試合?」
「コーチ、このお菓子いる?」
「そこで虫捕まえた~」
思い思いのことをコーチにぶつけている。コーチ達も、「試合の順番はそこに書いてあるから見ておきなさい」「虫は放してきなさい」「お菓子はありがとう」などと冗談交じりに会話をしている。みんな楽しそうだ。試合の結果にこだわらず、まずは試合の楽しさを感じるのがコンセプトなのだろう。参加者と保護者向けに配られた大会資料にも『勝敗ではなく成長に目を向けてください』と書いてある。
私が見る限り、勝った子も負けた子もみんな1試合1試合成長しているように思えるから、この大会は成功といえるのではないだろうか。

休憩を終えて再びコートに入ると、試合のレベルは先ほどとは少し違っていた。明らかにボールのスピードが上がり、打ち合いも激しくなっていて、子どもの表情も真剣そのものになっていた。これは立派な選手同士の試合だ。おそらく準決勝とか決勝とか、順位を決めるような試合に入ってきているのだろう。隣のコートでは負けた子が泣いている。そういう子もいるのかと、先ほどまでの大会の印象とは異なる感想を抱く。楽しいだけじゃない。勝ち負けの楽しさ、厳しさ、辛さも味わうのだ。傍から見ているだけなら、勝った子の喜びも負けた子の悔しさも、どちらも素晴らしい経験に思えた。それだけみんないい表情をしている。

大会は午後3時ころにはすべての試合が終了し、それぞれのカテゴリーの3位までが表彰されて終わった。表彰台で賞状を受け取った子どもたちはみんな恥ずかしそうにしながらも、表彰台を降りて親のところへ行くと表情を崩して喜んでいた。受け止める親もうれしそうだ。こういう目に見える結果が出るというのはやはりうれしいものだよなと思う。
コーチの片瀬がマイクを握って前に出てきた。
「これで大会は終了します。ご参加いただいた皆様、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。出場した選手たちはみんな素晴らしい試合をやったと思いますし、みんな成長したと思います。試合で緊張したこと、うまくできたこと、できなかったこと、うれしかったこと、悔しかったこと、全部が経験で、成長につながるものだと思います。またこのような大会は開いていきますので、練習してさらにいいテニスができるようになってまた出てみてください。本日はありがとうございました」残っていた保護者たちから拍手が起こり、大会は幕を閉じた。

「今日はありがとうございました」帰ろうとしているところに植田が話しかけてきた。
「こちらこそありがとう。いいもの見せてもらったよ」
「そう言っていただけると嬉しいです。また是非よろしくお願いします」
「うん、また声かけてよ。いつでも手伝うよ」
「ありがとうございます!」
私は自分の子どもでもない子どもたちの成長を目の前で見て、信じられないくらいに清々しい気持ちになっていた。
大会といえば、必死に勝ちにいくイメージがどうしてもついていたが、こういうのもアリだなと、思った。
「ねぇねぇ、コンビニ寄ってアイス買お」と言うテニスウェアを着た小さな選手が車に乗り込むのを、私は勝手に見届けている。

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総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5