見出し画像

クラばな!(仮)第17話「改名」

〜大野の視点〜

「大野さん、千賀村総合型地域スポーツクラブのこと、どう思いますか?」突然、植田が話しかけてきた。
千賀村教育委員会の事務所に間借りしている千賀村総合型地域スポーツクラブの事務所。間借りどころか、何から何まで借りている。パソコン、電話、デスク、諸々。
植田が話しかけてきたのは朝8:30ちょうどに出勤したその瞬間だ。
植田は長袖のシャツを腕まくりして、もうエンジン全開で仕事してました、と言わんばかりだ。実際にそう言いたいのかもしれないし、実際にもう出勤して1時間くらいは経っているのかもしれない。
「どう思うって、どういうことですか?」と俺は聞き返す。植田は俺よりも5コくらい上なので、一応敬語を使う。敬語は苦手なんだけど。
「いや、クラブの名前変えたいなと思ってまして」植田も敬語で俺に話してくる。クラブでは俺の方が先輩なのだから当然だ。
「あぁ、そういうことっすか。いいと思います!」
「おお!良かった!どんな名前がいいですかね?」とさらに植田が聞いてくる。
「そうっすねー。何かイケてる名前がいいですよね」
「それ、大野さんが考えてみませんか?」
「え?」と俺、フリーズ。
俺がクラブの名前を考える?何で?
「あ、いや、まぁ、それはいいんですけど、ていうか、名前って変えていいんですか?」と何かどもってしまう俺。
「名前を変えていいか悪いかは、このクラブのやり方では総会で決めることになるとは思いますが、実質的には運営委員会での承認さえ得られれば総会で否決されることはありませんよね。で、運営委員会も、事務局案を否決することなんて、ほとんどない。だから、大野さんが発案すれば、そのまま通る可能性は高いと思いますよ」と植田。
「あ、そうですね。いや、それもそうなんですけど、名前って決まってるんじゃないんですか?村の名前と総合型地域スポーツクラブっていうのがセットって・・・」
「やはり大野さんもそう思っていますか・・・。それは大丈夫です。自分達のクラブです。名前は自分達でつけましょ!」植田が少し強い口調で言うからちょっとドキっとしてしまった。少しは自分で考えろと言われているのかもしれない。
「じゃあ運営委員会で相談した方がいいですかね?」と何とか会話を続ける。
「それは大野さんにお任せします。が、私としては大野さんが決めていいのではないかなと思います。運営委員会といっても、今となっては現場をほとんど知らないですし、名前を考えてといっても困るんじゃないですかね。絶対にクラブのことを一番知っているのは大野さんです。大野さんがこれと思う名前を出すのがいいですよ」
そんなことを言われては考えるしかないではないか。名前かぁ。
「分かりました。考えてみます」
まぁ、そんな難しいことないだろう。たかが名前だ。


「へぇ、クラブの名前変えるんだぁ?」
「あぁ、まぁ、そうみたいだな」
「それを大毅が考えるの?」
「あぁ、まぁ、そうみたいだな」
「どんな名前にするの?」
「それなんだよなー」
俺は千賀村の隣の谷田市にある居酒屋で、彼女の亜紀と向き合ってビールを飲んでいる。亜紀は運転があるからノンアルコールだけど。
亜紀とは付き合ってもう6年になる。小・中学校の同級生で、いわゆる幼馴染みってやつだ。
「じゃあ私が考えていい?」亜紀が嬉しそうな笑顔を近づけて言う。
「別にいいぞ」
「じゃあ、『ビッグマウンテンクラブ』は?」
「ビッグマウンテン?なんでそんな名前になるんだ?」
「いや、大毅がやってるクラブだから。大野だから、ビッグマウンテン」
「お前、それじゃ“大山”だろうが。それならお前、あれだよ、ビッグ・・・ビッグ・・、あれだよ」俺が英語力の低さを露呈していると、「あぁ、そうか!マウンテンは山か!野は『フィールド』だね!」と亜紀が言った。
「どっちにしろ、そんな名前にしねぇよ」と俺は吐き捨てて、ビールで誤魔化す。
その後も亜紀は「ビッグフィールドクラブの大野さん」とか、「ビッグになってくださいね、大野さん」とか、「小野さんと大野さんはどうやって英語で区別するの?」とか、くだらないことばかり言っていた。
俺は目の前の唐揚げを頬張り、ビールで流し込む。亜紀には決めさせたくないが、俺にどんなアイデアもないことは否定できない事実だ。あれから考えているが、「こういう名前にしたい」というのが俺には1ミリもない。言われてみればよくもまぁ『千賀村総合型地域スポーツクラブ』なんて長くて堅い名前にしていたもんだとは思うんだ。言い難いし、小さい子どもは読めない。言い方なんてほとんどないんじゃないか。でもそれをただただ受け入れていたのも事実で、それが当たり前になっちゃぅてるんだ。それを植田は指摘しているんだろう。「本当にこんな名前でいいの?」とあいつは言ってるんだ。くそ。あいつが、「それいいですね!」と称賛する名前を考えてやる!・・・でも思い浮かばないし、この唐揚げは旨い。とりあえず今日は食って飲んで、明日考えるとするかな!


亜紀が「ビッグマウンテン」と言ったからかどうかは分からないが、翌日俺は山に登った。山といっても、標高600mほどのもので、ちょっとしたハイキング気分で登れる。子どもの頃は毎日のように登っていた山だ。
この頂上付近に一本の大きな杉の木がある。周りの木よりも、一際高い木だ。
子どもの頃に登ったその木を、俺は登ってみた。
千賀村の“下段”を一望できた。下段というのは、川沿いの一番低い土地のことを言う言葉だけど、5800人の人口のほとんどが集中している。谷田市に近い部分だ。
俺はこの村が好きで嫌いだ。生まれて26年間暮らしてきた。だから好き。でも、色々なことが窮屈。みんな知り合いだし。だから嫌い。でも抜けられない。それでこの仕事に誘われた。フラフラしてたから。
風が吹いた。寒い。こんな冬に木登りなんてするものじゃない。早く降りよう。木から。そしてこの名前を考える仕事から。結局何も思い浮かばなかったではないか。適当なアイデアをぶつけて、植田をガッカリさせて、「じゃあお前が考えろ」と言ってやろう。そうだな、高い木だ。高い木。ここで俺は決めたんだ。亜紀、ちょっと“ビッグマウンテン”借りるぜ。


「クラブハイツリー?」案の定、植田は顔をしかめた。
「どうでしょう?」ふふふ、高い木で考えたからだぞ。ダサいだろ?自分で決めたくなっただろ?さぁ、早く言ってしまえよ。私が考えますねって。
「いいですね」
「でしょ!・・・えぇ!?」いいの?
「それで改名を提案しましょうよ」と植田は言う。
これでいいの?とは言えない。俺が考えたのは事実だ。ボツにされる為に、だけど。
「了解です!」
「でも、どういう意味なんですか?クラブハイツリーって?」
まさか本当のことは言えない。こうなったら適当だ!
「この村のみんなを、高い視点で見渡すことができるように。見守ることができるように。そして、ぐんぐん成長していくクラブになるように」
なにそれ、最高じゃないですか、と植田が言った。
俺も、あれ、これ、何か、いいんじゃないの、と思った。

-----

今回はクラブマネジャーの大野がクラブの名前を考えるシーンを描いてみました。名前って、意味がありそうでなかったり、なさそうであったりしますよね。『クラブハイツリー』はこんな感じで命名されたようです。きっとこれは運営委員会を通り、総会を通り、千賀村総合型地域スポーツクラブという名前は無事に変えられることになりますが、このあと改名によってクラブはどう変わっていくのか、乞うご期待!

この記事が参加している募集

名前の由来

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5