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北斎展を観て薩埵峠を越える

このところ浮世絵にハマっているわけではないが、永井荷風『江戸芸術論』に憑かれたのだろうか。荷風が俎上にのせる絵を実見したうえで、その論評を噛みしめたいのか、あるいは、どこかへ出掛ける意味を求めているだけなのか。というので、浜松美術館の「北斎展-師と弟子たち」を知り、GW明けの晴れた日に足を運んだ。

浜松美術館

荷風によると、「今その重なる製作中殊に泰西人の称美するものを掲ぐれば第一は『北斎漫画』十五巻及びこの類の絵本なり。」とする、その『北斎漫画・十五編』が展示されていたが、むろん手に取って読むわけにはいかない。「第二は富嶽三十六景、諸国滝巡り、諸国名橋奇覧等の錦絵なり。」のうち、「富嶽三十六景」(錦絵大判)は「神奈川沖浪裏」「凱風快晴」から「諸人登山」まで展示されていて眼福にあずかった。ただ、荷風のあげる「江戸日本橋の図」「深川万年橋の図」は見えなかった。あと「第三は肉筆掛物中の鯉魚幽霊または山水。第四は摺物なり。」とある。

北斎の「そが天稟の傾向たる写生の精神に至つては終始変ずる事なく、老年に及びてその観察はいよいよ鋭敏にその意気はいよいよ旺盛となり、凡そ眼に映ずる宇宙の万象一つとして写生せずんば止まざらんとするの気概を示したり。」というばかりではない。「北斎が夙に写生の技に長じたりし事並にその戯作者的観察の甚鋭敏なりし事とを窺ひ得べし。」と評して『隅田川両岸一覧』をあげ、その詳細を叙述しているのだが、実物を眼にするのは何時になるだろうか。

薩埵峠から見た富士山
薩埵峠

北斎展に「東海道五十三次 由比/興津」があり、折角の機会なので、興津から薩埵峠を越えて由比まで歩いて、東海道五十三次の一端なりとも楽しむことにした。

北斎「東海道五十三次」由比-興津
(国会図書館デジタルコレクション)

興津駅に降り立って、さてガイドマップにある〈薩埵中道〉がどこなのか見当もつかない。やむなくGoogleマップを頼りに薩埵峠へ向かった。墓地を抜けて坂道を上がると、すぐに薩埵峠遊歩道の〈眺望地点〉に出た。なるほど北斎画に見るように、駿河湾の向こうに富士山が聳える絶景である。さらに〈あずまや〉まで進むと、その先は通行止め。展望台へは行けないので、迂回路を下って駐車場へ出るほかない。

枇杷の実

駐車場から由比駅へ向かう路傍には、甘夏と枇杷がたわわに実をつけ、自然の恵みに包まれてハッピー気分である。由比の〈一里塚跡〉を過ぎると、山岡鉄舟ゆかりの茶店という〈望嶽亭〉や、登録有形文化財の〈東海道名主の館・小池邸〉などが由比宿の往時をとどめている。この由比に東海道広重美術館があるのは知らなかった。「道〜人や物をつなぐ〜」展のポスターを見かけたからには寄らないではおけない。

望嶽亭
名主の館 小池亭

荷風は、「北斎の画風は強く硬く広重は軟かく静なり。」と対比して、「日本の風土を離れて広重の美術は存在せざるなり。余は広重の山水と光琳の花卉とを以て日本風土の特色を知解せしむるに足るべき最も貴重なる美術なりとなす。」と称賛する。おおむね「木曽海道六拾九次之内」などを主体にした展示であったが、そこを行き交う人物もまるで景観のごとく描かれている。北斎の「東海道五十三次」では、景観はそこに生きる人々の舞台であるかのごとく感じられた。

東海道広重美術館

ちなみに、広重の「五十三次名所圖會 十七 由井 薩多嶺親しらす」は、いつか何処かでお目にかかりたいと思いつつ帰途についた。

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