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夜に窓から

「かなしみ」というものが(それを悲しみとかこうと哀しみと書こうと愛しみと書こうと、そんなことはどうでも良くて)、夜に窓の隙間から差し込まれる、薄くて透明なものではなくて、昼の温い日差しの中で肌に纏わり付く汗のようなものに、いつか変わってしまうんじゃないかという恐怖があって、それほど恐ろしいことはないと思う。

生きるということはいつだって過敏であるという意味であって欲しい。
耳鳴りに似た高音と、静寂に縋り付く様な音楽と、視界の端の光と、窓から差し込むかなしみと。

人はどんなものにも慣れてしまうのだって、皆が言っていて、そんな酷いことがあるだろうかと思う。

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