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GATARI・竹下俊一氏インタビュー(後編)『Mixed Reality』~人とインターネットの融け合う世界とは~

【はじめに】

前回に引き続き、株式会社GATARI 代表取締役 CEO 竹下俊一氏のインタビュー記事をお届けします。今回は建設領域におけるMR技術の活用方法、実際の活用事例などについて、お伺いしています。

■プロフィール
竹下 俊一

株式会社GATARI 代表取締役CEO
1993年生まれ。2013年東京大学理科一類入学、2019年東京大学教養学部・教養学科・超域文化科学分科・文化人類学コース卒業。Virtual Realityの概念に魅せられ、東京大学を拠点とした全国最大規模のVR学生団体「UT-virtual」を創設。2016年、在学中に株式会社GATARIを創業。2020年にMixed Realityプラットフォーム「Auris」をリリース。フィジカルな世界とデジタルな世界が融け合うMixed Reality社会の実現を目指す。

大江 太人

Fortec Architect株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architect株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。一級建築士。

【フィジカルとデジタル、双方を考えた空間づくり】

―― 竹下さんたちが手がけているMR技術は、建設、特に建築領域で今後どのように使われていくとお考えですか。

竹下:建設業界は、建物や設備といったフィジカルを中心に扱う業界です。ただ、今後はフィジカルだけではなく、デジタルを含めた空間づくりへと認識が変わっていくように思います。

実際に、私たちの技術は、建設業界の方々からも注目していただいています。現状では、建物竣工後の運用・管理において、施設を訪れたお客様に価値のある体験を提供するような取り組みに多く参加しています。

例えば、羽田空港近くに完成した「HANEDA INNOVATION CITY(以下、HICity)」では、施設の3Dデータと私たちの技術を活用して、人によって異なるMR体験ができる受け皿を作りました。

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鹿島・羽田みらい開発(HANEDA INNOVATION CITY/略称:HICity)
鹿島建設をはじめとする9社の出資によって設立された、羽田みらい開発株式会社が開発・管理・運営を手がける、羽田空港跡地第1ゾーン整備事業(第一期事業)。ショップ、グルメ、ライブイベント、日本文化といった体験ができる商業施設をはじめ、先端産業の研究開発施設やコンベンション施設も併設した大規模施設。伝統文化と最新テクノロジーが融合した未来型スマートシティとして注目を集めている。

竹下:まず、人間のユーザビリティに対応した3Dデータを作成するために、空間の形状や見た目、メタ情報等が含まれている、HiCity設計時のBIMデータ(コンピューター上に作成した建物の3Dデータ)を提供いただきました。そのBIMデータをベースにした3Dモデルに現実空間をスキャンしたデータを組み合わせています。

このスキャンデータは、LiDARスキャナを搭載したスマートフォンのカメラで撮影したもので、空間上の特徴点を取得した点群データです。このデータを重ね合わせることで、ソフトウェアが「今どこにいるのか」を認識しやすくなります。

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人間とソフトウェア、双方が認識しやすいデータを重ね合わせて構築したデジタルツインが、さまざまなデジタル情報を配置・保存する受け皿になります。同じ場所でも、人によって違う体験ができたり、見ているものが異なったりと、さまざまなレイヤーの世界が重なり合った空間を構築できるイメージです。

―― どんな体験ができるのでしょうか?

竹下:専用アプリ「HICityAR」をインストールしたスマートフォンで3つの機能を体験できます。ひとつは、施設で開催するイベントやエンタテインメントでのMR体験です。施設内にあるライブハウスと連動したMRコンテンツの提供などを検討しています。

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竹下:もうひとつは、施設内を案内する3次元ナビゲーションシステムです。ゲームの世界では、次の目的地までナビゲーションが示されているのが普通ですが、そうしたゲームの機能や表現を現実に構築するイメージです。
そのほか、建築予定地の完成イメージをARで閲覧できる機能も備えています。最初にデジタル空間での受け皿を整備しておくと、こうした機能も比較的容易に実現することが可能です。

【ソフトウエアにも優しいまちづくりが必要に】

大江:建物には可変性がないので、建てた形のまま残っていきます。竣工後、建物の収益率を高めたいと考えた時に、少ない労力で、建物をさまざまなシーンで活用できるように変えられるのは、所有者側からすると非常に魅力的です。建物のフィジカル面を変えていく場所と、ソフトウェアで補完できる場所、双方が合わさることで、いろいろな可能性を秘めた建物が建てられそうだと感じます。

竹下:まさにそうなってほしいです。今施設の方々とユースケース開発をしていて感じるのは、現実空間は、消防法や屋外広告物条例など、さまざまな法令による制約に縛られているということです。その点、デジタル空間は、規制の制約をほぼ受けないので、空間を利活用する可能性が広がります。「今まで売上が見込めなかった床で売上を作れる」と期待されています。

―― 今後は、現実の建物とデジタル空間をセットで考えていくような世界観になるということですね。

竹下:そうですね。そのためには、フィジカル側の協力も必要です。例えば、反射する素材や真っ白・真っ黒な素材で作られた床・壁は、センサーが空間を認識しづらく、どこにいるのか分からなくなってしまいます。ですから、デジタル空間の活用を考える上で、今後はソフトウェアが認識しやすい空間づくり・まちづくりを目指すことが重要になります。

自動運転車も、LiDARやカメラなどのセンサー類を複数搭載して、自動車自身が位置を推定しながら進む技術を採用しています。ただ、自動運転レベル4(特定条件下における完全自動運転)を目指す上で、自動車側だけでの空間認識では限界が出てきたため、現在は道路にビーコンを埋め込むなど、フィジカルの整備とセットで考え始められています。

自動運転やロボット、AR、MRは、同じコア技術を利用しています。デザインや素材選びの段階で、デジタル空間も意識されるようになると、スマートシティに欠かせない技術の安定性や精度も高まっていくと思います。

―― 施設側にデジタル空間を意識した設計をしてもらうには、どんな取り組みが必要になるでしょうか?たとえば、BIMの更なる普及なども必要でしょうか?

竹下:バリアフリー法の認定を受けた建物には、容積率緩和や税率優遇といった特別措置があると思います。今は駅のトイレに音声スピーカーを設置するなど、物理的な情報提示がされていますが、デジタル空間を活用した音声ガイドや、ARナビゲーションにもこうした法令が適用されるようになれば、施設側もデジタル空間の整備に力を入れていくのではないでしょうか。イベント等で一時的に扱うのではなく、施設のインフラとして、建物を作る時に一緒に考えられるものになっていくのが理想です。

前述したHICityでは、BIMデータを活用してMR体験ができる受け皿を構築し、さまざまなアプリケーションを開発していますが、まだまだ十分な価値訴求ができていないと感じています。今後3次元ナビゲーションやイベントでの実績を作り、施設側に明確に価値を示すことで、設計段階でデジタルを考慮していただけるようにしたいです。その結果、自然とBIMの利用が広まっていくような良い循環を作っていきたいですね。

【スキャンデータの各種権利の取扱いも課題に】

―― 3Dデータやスキャンデータが今後どのように管理されていくのかも、議論になりそうです。

竹下:現状でも、スマートフォンで撮影したデータをどこが管理するかが重要な問題になっています。特に、住宅のスキャンデータの中にデジタル情報を配置・保存する場合は、個人情報の観点からもセンシティブな問題だと思います。

今のところ、スキャンデータ自体に著作権はないとされていますが、データの維持管理の手法によっては著作権が発生します。

―― 現実の空間をスキャンした3Dデータについて、どこに権利が所属しているかというのは今後問題になっていきそうですね。

竹下:そうですね。まだ明確な法律はないのですが、近しい判例はあります。2002年、ソニーピクチャーズエンタテインメントが、映画「スパイダーマン」の制作過程で、ニューヨークの街並みを3Dで再現した時に、街中の看板やビルの広告を現実空間とは異なるものに書き換えました。それを見たビル所有者が、「たとえ映画の中でも、ビルを所有している自分たちには広告料をもらう権利がある」と商標権の侵害で訴えたんです。結果として、「デジタル処理で制作したものは、言論の自由で保護されており、デジタル世界に権利がある」として、訴えは退けられました。現状、デジタルデータに関する各種権利は、データを制作した側にあるということです。

―― 勝手にデジタル空間上に情報を置いたり、デジタル空間上で建物を改変しても、法律的に問題ないということでしょうか。

竹下:現状ではそうなります。ただ、後々問題にならないよう、デジタル空間を活用する時は、施設側としっかりタッグを組んで進めていくのが重要だと思います。施設のことを一番に考えている施設オーナーがデータに関する各種権利を持ち、維持管理ができる状態が理想的です。私たちもそんなユースケースの開発に力を入れています。

【MRは、スマートホームの概念を変える可能性を秘めている】

大江:お話をお聞きして、竹下さんたちの技術は、スマートホームとも相性がいいのではないかと思いました。スマートホームは本来、「ソファに座ったらテレビがつく」といったことが実現可能です。ただ、家具を買い替えたり、部屋の模様替えをしたりすると、IoTデバイスの設定をし直さなければならないという課題があります。生活の変化による影響が大きいので、現状では、電気や家電のスイッチを点けるような解像度の粗い自動制御しか実現できていません。しかし、デジタル情報の配置・保存が簡単にできる竹下さんたちの技術とIoTを組み合わせれば、もっと細かい粒度でスマートホーム化ができそうです。

竹下:そうですね。センサーは無限に設定できますし、細かい設定や変更も可能です。以前、イベント開催当日に、バーチャルセンサーの設置場所を変更して対応した事例もあります。

現在、乃村工藝社にパートナーになっていただき、空間演出に特化した音響体験サービスの提供をスタートしています。物理的な施工とデジタルの施工を一緒に行い、トータルな空間づくりをしようという試みです。今では、乃村工藝社の社員の方々も『Auris』を使えるようになっています。今後も一緒にUXを改善しながら、専門知識のない方でも簡単に動かせるアプリケーションにしていきたいと考えています。

大江:廊下を通って玄関で靴を履いたら、当日の天気を音声で知らせてくれる…そんなことも実現できそうです。スマートフォンを持って家の中を歩き、特定の動作をした時に必要な情報にアクセスできるようになったら便利ですね。

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【おわりに】

竹下氏へのインタビュー後編はいかがでしたでしょうか。

建設領域におけるMR技術の活用事例・ユーザー体験のほか、建設領域でMR技術を活用する際に留意すべきポイントとして、デジタル空間を意識した設計・施行の実施やスキャンデータの取扱いなど、さまざまな内容に触れてきました。
特に、MR技術を活用することで、従来のスマートホームをより利便性の高いものに変える可能性があるという点は、一消費者として非常に魅力的に感じられました。

本研究所では、今後も建設DXに関わるさまざまなテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いします!