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Polyuse・岩本卓也氏インタビュー(後編)~日本初の建設用3Dプリンターとその可能性~

【はじめに】

前回に引き続き、株式会社Polyuse(ポリウス)代表取締役CEO 岩本卓也氏のインタビュー記事をお届けします。
後編では、海外の建設用3Dプリンター活用事例から、日本での普及拡大にむけた課題まで、幅広くお伺いしています。

■プロフィール
岩本 卓也
株式会社Polyuse 代表取締役CEO
1993年生まれ、大阪府出身。信州大学理学部卒、一橋大学大学院商学部卒、東京工業大学グローバルリーダー教育院修了。一橋大学大学院在学中に人材マッチングアプリのスタートアップを共同経営。その後ベイカレント・コンサルティングにて経営戦略・事業戦略・業務改善等の各種業務に従事。2019年に伊勢崎 勇人氏・大岡 航氏と株式会社Polyuseを共同創業。現在は、経営全般とコーポレート部門全体の統括を担当。

【大型構造物・住宅・宇宙など、建設用3Dプリンターの対応範囲は年々拡大】

岡本:海外では日本国内より3Dプリンター活用が進んでいると聞きます。現状はいかがでしょうか?

岩本:海外の場合、建設用3Dプリンターは大規模な建築物・構造物の施工に用いられることが多いです。中国ではダム、オランダでは橋梁の建設工事に適用が試みられています。アメリカやアラブ首長国連邦のドバイなど、移民が多い国では、住宅の供給不足を解消するために、建設用3Dプリンターが活用されています。広大な敷地があり、できあがった建物をそのまま移動できるインフラがあるため、マシンも巨大です。

建設用3Dプリンターの活用においては、これまで2回ブームがあったと考えています。まず1回目は、2018年にドバイが政府主導でスタートした「3Dプリンティング戦略」です。ドバイは、「2030年までに新規構造物の25%を3Dプリンティング技術を使用した建物とする」と宣言し、世界を驚かせました。ここに基礎技術を積み上げてきた海外メーカーが一気に参入したのです。中国Winsun社やオランダCyBe Construction社、デンマークCOBOD社は、このタイミングで急拡大しましたね。

2回目は、まさに今、2022年です。アメリカで住宅不足解消に取り組むICON社は、世界最大級の3Dプリント住宅街の建設に取り組むなど、事業規模を拡大しています。また、現在資金投下が進んでいるのが、「宇宙」と「軍」です。

NASAは今、火星への移住計画を進めていますが、軽量で耐久性に優れた建設用3Dプリンターをロケットに搭載し、火星の土で住居を作る構想を掲げています。日本でもJAXAが3Dプリンターの活用に取り組みはじめています。

軍関連では、現地で防護壁や武器庫を作るために、3Dプリンターを使用することが考えられます。現在は、アメリカ軍やインド軍で導入が進んでいると言われており、日本の防衛省の技術要件にも3Dプリンターの記述が見られるようになりました。

岡本:日本国内にはどのようなプレーヤーがいるのでしょうか?

岩本:国内では、大林組や大成建設など、大手ゼネコンが開発委託による研究開発を進めています。また、3Dプリンター住宅に特化したセレンディクス、生コン事業を手がける會澤高圧コンクリート、繊維製品大手の倉敷紡績、建設エンジニアリング大手の日揮ホールディングス(JGC)も、海外製品を購入し、実証実験を行っています。

日本国内で3Dプリンターを取り扱う主な企業

私たちは、まず現場で小さい構造物に適用したいろいろなケースを試し、ナレッジを蓄積している段階です。そのナレッジをもとに施工方法からお客様に提案し、実活用を経たナレッジをまた蓄積していくサイクルを作って、勝ち筋を見出していきたいです。

岡本:最近関心が高まっている脱炭素社会に、建設用3Dプリンターが貢献できる点はありますか?

岩本:コンクリートは、製造過程において大量にCO2を排出します。ただ、建設業には欠かせない資材なので、可能な限り環境負荷を軽減すべきだと考えています。

まず、3Dプリンターを使用すると型枠が必要なくなるため、廃材量の減少からCO2削減に貢献できると考えています。また、現地での直接施工によって、部材の運搬にかかるトラック等のCO2排出も軽減できると見込んでいます。

最近では、コンクリートの混和材にCO2を吸収する材料を使ったCO2吸収型コンクリートが登場しています。モルタルもコンクリートと同様、セメントに砂と水を混ぜた素材なので、そこにCO2を固定化する混和材を入れ込めば、構造物が残置される間は部材にCO2を固定できます。すでにCO2の固定化は実用化が進んでいるので、今後活用していきたいですね。

【安全性・革新性を高めるためにも早急な基準作りが必須】

岡本:国内で建設用3Dプリンターを活用するにあたって、課題になることは何でしょうか?

岩本:3次元でシミュレーションした造形物をそのまま作り出せる3Dプリンターは、今後の建設・土木業界にとって非常に役立つツールになると思います。ただ、3Dプリンターでの造形・施工は、木造でもRC造でもなく、「3Dプリンター造」であり、現行の建築基準法ではフィットしない部分が多くあります。今後3Dプリンターでの建築をどう定義し、最適化していくかは、必ず検討しなければならないポイントです。

発注や積算の手法も確立されてはいませんし、今後議論するべきことは非常に多くあります。その中でも、私が早急に議論を進めたいのが、3Dプリンタにより造形された構造物の「安全性の担保」についてです。

当社は、材料の比率や温度調整、射出成形のスピードによる固まり具合の調整など、さまざまな要素を検証するとともに、強度試験も繰り返し行うなどして、安全性を担保しています。
3Dプリンターの造形において強度が心配されるのは、モルタルを積層していく部分ではなく、積み上げた積層同士が横で接合する面です。積層の列の間に空隙があると、壊れやすくなります。当社が造形した構造物は付着精度が高く、空洞が生まれないため、一体構造物として取り扱うことが可能になり、より高い強度を実現できます。

一方で、すべての会社が当社のように安全性の担保を徹底しているかは分かりません。もしどこかの会社が安全性を疎かにし、建物が倒壊するような事態が起きれば、建設用3Dプリンターを用いた建築文化はそこで終わってしまいます。それを防ぐためにも、早急な基準づくりが必要なのです。

 数々の基準をクリアするPolyuse製3Dプリンターの造形能力

岡本:御社の建設用3Dプリンターで施工した建築物が、国内で初めて建築基準法をクリアしたと伺いましたが、他の3Dプリンターで造形した建築物は検査の対象になっていないのですか?

岩本:10平米以下の一部の建築物は、建築基準法の建築確認申請プロセスを得なくても建築ができます。私は、10平米以下の建物の場合も、建築基準法に準拠することは大前提ですが、検査を行っていないため、基準を満たしているか分からないのが現状です。ですから私たちは、最初から建築基準法の対象となる17平米の建物を建てて、法律に適合していることを証明したいと考えました。

この確認申請においては、事前に国土交通省にも相談をしました。私たちの製造した部材が従来品と変わらない機能を有する点に焦点を当て、検査結果や安全性についてしっかりと説明しました。その結果、渋川市より許可をいただくことができたのです。

今後、安全に部材を造形できる3Dプリンターのマシンスペックや、品質・安全性に基準を設けることは必須です。また、造形中の経時変化やステータスのログを蓄積し、後から検証できるような機能の提供も、最低限必要だと考えています。

岡本:安全性の基準づくりは確かに重要ですね。そのほかに、法整備が必要な部分はありますか?

岩本:3Dプリンターは非常に素材の革新性と相性が良いマシンです。AIを活用して材料開発を高効率化する「マテリアルズ・インフォマティクス」を用いれば、新しい材料の配合や調整をどんどん試すことができます。

さまざまな素材を開発できる可能性があるのですが、現行の法規制では、材料の配合を少し変えただけでも、国土交通大臣認定を取得しなければなりません。しかも、認定取得には、1年半もかかるのです。

現在、大林組も3Dプリンターを用いた建屋の建築に取り組まれており、材料と構造の部分で国土交通大臣認定を取得しています。ただ、これもデザインが変わるたびに認定を取らなければなりません。自由度の高いデザインが3Dプリンターの特色なのですが、それも活かせない状況です。その都度認定を取るのではなく、品質や安全性の基準を満たす証明をした上で承認するような許容度が広い法制でないと、3Dプリンターの革新性が活かせないと感じています。

【建設用3Dプリンターの先駆者として、ユースケース開発に尽力】

岡本:最後に、今後の展望を教えてください。

岩本:ユースケースをもっとたくさん作っていきたいと考えています。土木・建設業界のみなさんを巻き込み、たくさんの現場でPolyuseを使って、どんな活用方法が最適なのかを一緒に検証していきたいです。

国土交通省は、地方整備局を8拠点設置していますが、当社はすでに半数の地方整備局と案件を実施しており、2022年度内には全拠点で実施工を手がけたいです。通常、特定の施策の普及は、国からスタートし、3年後に都道府県、さらに3年後に市町村というスピード感で展開されていきますが、私はそれでは遅いと感じています。今年度中には、地方自治体まで適用先の範囲を広げていきたいですね。

同時に、道路や河川、港湾、鉄道など、対応領域も拡大していきたいと考えています。各分野での検証を続け、現場から上がってきた課題・要望に応えながら改善を繰り返し、3Dプリンターの有用性を広めていきたいです。もちろん、Polyuseの量産、安定化の向上など、プロダクトの改善も進めていきます。

私たちは、マシン開発、素材開発、実施工までワンストップで対応している、国内唯一の建設用3Dプリンターメーカーであり、現場利用の面でも最先端を走っています。だからこそルールメイキングにも積極的に関わっていきたいと考えています。壁は数えきれないほどあり、大変な部分もありますが、楽しみながら突破していきたいですね。

【おわりに】

後編では、建設用3Dプリンタの海外活用事例、建設用3Dプリンタ利用における課題、今後の事業展望などのテーマでお話をうかがいました。

海外では宇宙や軍事領域での活用が検討されている点には非常に興味がそそられました。日本でも一部で検討が進んでいることは驚きです。
また、「建設用3Dプリンタの文化の灯を消さないためにも、早急な基準作りが必要」という意見には非常に共感しました。新しい技術は、黎明期に寄せられる過度な期待にこたえられず、必ず「幻滅期」に差し掛かることになります。この幻滅期の落ち込み具合、期間をいかに減らせるかが普及促進の鍵となるので、そのためにも国には早急な基準作りを期待しています!

本研究所では、今後も建設DXに関わる様々なテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いします!