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Dusty Robotics - 墨出しDXでデジタルと現実を繋ぐ

建設工事現場での作業は、「図面上の情報を現実の世界に転写する作業」と表現することができます。最近では、設計士がCADやBIMなどのデジタルツールを使用して、多くの情報を含む図面を作成し、それが元請けの施工会社から下請けの施工会社へと手渡され、資材や作業員が現場に配置されます。持ち込まれた資材は、現場に物理的にマークされた線や記号に従って設置されます。この位置をミリ単位で正確に示す線を建設業界では「墨」と呼びます(実際に黒い墨を付けた糸で線を引くことからこの名称がつけられました)。この「墨」を現場に描き、実際の建築現場に原寸大の設計図を正確に描く作業を「墨出し」と呼びます。柱の中心線や壁の仕上がり面の位置など、水平位置や中心位置を示す基準線を描くこの作業は、高精度の建築を行う上で非常に重要なものとされています。

現場の床に書かれた墨に対して、間仕切り壁の下地となる軽量鉄骨が配置された様子
(提供元:https://www.dustyrobotics.com/fieldprinter)

高い精度が求められる墨出し作業は、多様な測量機器を使用し人の手によって行われます。熟練した墨出し職人は建設業界全体で労働力が不足している中で年々減少しており、建設現場全体の生産性の低下を招いています。さらに、墨出しは手作業によるため、許容範囲以上の誤差が発生すると、工期の遅延やコスト超過のリスクが伴います。
この墨出し作業を自動化する技術を開発しているのが、米国のスタートアップであるDusty Roboticsです。図面のデジタル情報を専用の機械に読み込ませ、建設現場の床上に正確に描写することで、より迅速かつ正確に墨出し作業を完了させるという画期的なソリューションを提供しています。


創業期から大型の資金調達に至るまで

創業者のTessa Lau氏は、ワシントン大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得し、ロボティクス分野で最も注目される女性の一人となりました。IBM Researchで10年以上勤務した後、彼女は世界をリードするロボティクス研究所であるWillow Garageに研究科学者として加わり、ロボットのユーザーインターフェース開発を手掛けました。Willow Garageは2013年にその活動を終了しましたが、そこで経験を積んだ研究者たちは、さまざまな分野で新たな企業を立ち上げ、影響を与えています。

研究所を離れた後、Lau氏はホテルやアパートメント複合施設向けのロボットを開発するSaviokeを共同設立しました。最高技術責任者として、彼女は75台以上の配達ロボットの展開を主導しましたが、企業の成長速度に満足せず、新たな挑戦を求めていました。

そのきっかけとなったのは、自宅の改装中に発生した一連のミスと非効率性でした。作業員がキッチンの位置を誤って設置し、工期の遅延が発生した経験から、Lau氏は自らのロボティクスの専門知識を活用してこれらの問題を解決できる可能性を見出しました。

2018年、カリフォルニア州マウンテンビューにて、Saviokeでロボティクスハードウェアのリードを務めていたPhilipp Herget氏と共にDusty Roboticsを立ち上げたLau氏は、同社のCEOとして、Herget氏は最高技術責任者としてそれぞれの役割を担います。当初は建設現場用の掃除機ロボットを考えていたことから「Dusty Robotics」と名付けられましたが、市場調査を進める中で自動墨出し機の開発に至りました。

現在では、DPR Construction、Turner Construction、Performance Contractingなど、アメリカでも主要なゼネコンがDusty Roboticsの技術を採用しています。2022年には、Scale Venture Partnersをリードインベスターとして4500万ドル(約67億円)の資金を調達し、累計で6900万ドル(約100億円)の資金を集め、評価額は2億5000万ドル(約375億円)に達し、大型スタートアップへと急成長を遂げました。

Field Printer - 墨出しのDXソリューション

Dusty Roboticsが開発した自動墨出し機「Field Printer」は、建設現場での革新的なソリューションを提供します。

Field Printerは自動で現場の床の上に図面を書き出す
(提供元:https://www.dustyrobotics.com/fieldprinter)

この機械は、現場の床上を自動的に移動し、CADやBIM(AutodeskのRevitに対応)から取り込んだ図面データを、現実の現場に精確に描写します。このプロセスにはいくつかの重要なステップがあります。
まず、CADまたはBIMで作成された図面を準備します。図面上に最低3点のコントロールポイントを設定し、これらのポイントと現場の対応するポイントをレーザースキャナーで一致させることで、図面データと現場の位置や縮尺を正確に合わせます。

現場のコントロールポイントを測量機でスキャンし、図面と現場の位置合わせを行う
(提供元:https://www.dustyrobotics.com/solutions/general-contractors)

次に、具体的にどの情報を描写したいか(例えば文字情報、通り芯、柱断面、仕上げ線、ダクトルートなど)と、どの範囲を描写したいかを指定します。これらの設定が完了すると、Field Printerは自動的に作業を開始します。

画面左側で書き出しが必要なレイヤーを選択し、右側の図面上で範囲を指定する
(提供元:https://www.dustyrobotics.com/solutions/general-contractors)

動作開始後、Field Printerは、家庭用ロボット掃除機「ルンバ」と同様に、現場に存在する障害物や段差を自動的に検知し、それらを避けながら描写作業を行います。そのため、機械の監視に人手を割く必要はありません。

さらに、描写の進行状況をリアルタイムで追跡することが可能です。これにより、プロジェクト全体のスケジュールに遅れが生じないよう、進捗を常に確認できます。

階や場所ごとに進捗状況を見える化し、プロジェクト管理をリアルタイムで行うことができる
(提供元:https://www.dustyrobotics.com/solutions/general-contractors)

建設工事のプロセスを根本から改革する可能性

Dusty Roboticsの技術は一見シンプルに見えますが、実は建設プロジェクトの質を根本から変革する大きな可能性を秘めています。これにより、以下のような複数の面で大きな改善が見込まれます。

コストと時間の削減

Dusty Roboticsの正確なプリンティング技術により、人手による作業ミスが減少し、それに伴う追加作業の必要性が低下します。この結果、プロジェクトのコストと完成までの時間が大幅に短縮され、全体の生産性と品質が向上します。

作業環境の改善と人手不足の解決

特に過酷な気候条件下での墨出し作業は、高度な技術と集中力が要求され、墨出し職人の減少の主要な原因の1つになっています。Dusty Roboticsの技術による作業環境の改善は、墨出し作業のハードルを下げ、人手不足の問題に対する解決策を提供します。

プロジェクト管理の円滑化

プリント作業の進捗をリアルタイムでモニタリングすることができるため、プロジェクトマネージャーや関係者は常に最新の情報を得られ、建設期間中に迅速かつ効果的な意思決定が可能になります。

多様なDXソリューションの結束点となる可能性

2022年に行われたインタビューで、Lau氏は「次の3〜5年で全ての建設現場にField Printerを導入すること」を目標に掲げています。この目標は非常に野心的ですが、既に多くの建設業者がDusty Roboticsの技術を取り入れ始めている現実を考えると、そう遠い話ではありません。建設業界におけるDXを目指すスタートアップは数多く存在しますが、実際の現場作業を代替する技術を開発している企業はそれほど多くありません。これは、建設業が製造業とは異なり、すべての建築物が独自の形状と仕様を持ち、標準化されたプロセスが非常に限られているためです。

Dusty Roboticsの技術は、現場で起こっている非効率を直接改善するアプローチをとっており、図面を介してBIMやその他の建設マネジメントシステムと連動させることが可能です。デジタルデータと実際の建設現場を橋渡しする同社の技術は、建設業界全体のDXソリューションを束ねる可能性を秘めています。

■筆者プロフィール

大江 太人
Fortec Architect株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築と経営の視点を掛け合わせて、建築資産の課題解決と価値創造を行っている。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「ヤマト科学技術開発研究所」「プレミスト志村三丁目」他、生産・商業・居住施設など多数。