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母が嫌いなポン菓子。

 母はポン菓子が嫌いだという。貧しい家で両親共働き、2人の弟がいて家事は小学生の時から自分の役目。そんな幼き日の母が、学校から帰ってちゃぶ台の上に置かれたわずかばかりのお金を持って夕餉の買い物に行くと、街角にポン菓子屋がいる。

 米と砂糖と幾ばくかの小銭を渡すと、「ポン!」とその場で菓子を作ってくれるのだが、母にはそんなことに使える米も砂糖も小銭もなかった。なのに、買い物についてきた下の弟が、「姉ちゃん、ポン菓子食べてみたい。」と母の袖を引くのだ。

 いつもいつもそうやって、ポン菓子屋が「ポン!」とやるのを見ていたので、ポン菓子を見ると貧しかったあの頃、弟にポン菓子を食べさせてやれなかったあの頃を思い出してしまうのだと。だからポン菓子は嫌いだと。

 「ポン菓子食べてみたい。」と言っていた下の弟、すなわち僕の叔父は5年前に六十二で亡くなり、半年前に母も逝ってしまいました。享年七十一。

 指にくっつく甘いポン菓子を手に取ると、僕が生まれる前の遠い昔の姉弟のことが、切なくよみがえります。

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