エドンマーティヌの墓⑤

 ――なにこれ、やばい。やばいよ……なにがやばいって、全然固まらない。ほかのエリア行くのに、いちいちロードするゲームだと思っていたけれど、こんなにシームレスにシーンが続くゲームだったの!? 映像は滑らかだし、なにこれ、設定見たけど、画質、音質、fps、全て最高値なんですけれど!?
「どう、イリアさん。ちゃんとゲーム起動してる?」
「ちゃんともなにも――ねえ、ははは……」
 クッソ、ていうか、こんだけパソコンに負荷かけてんのにめっちゃ静かだし! 映像きれいだから、目も痛くなんない。――あ、ボス倒しちゃった……いつもはポーション何回か使わないと倒せないのに、ほとんど流れ作業で……。ロード時間を計算しなくていいの楽すぎでしょ――

「――んはぁ! 終わっちゃったわ、時限イベント。まさかこんなにあっという間に終わるとはね」
「おつかれさま、はいこれ、ダージリンティー」大きなソファのある部屋の中央にある大きなテーブルの上に、アスカはマグカップを置きながら言った。「ってか、この部屋、リビングっていうんだよ」
「え、じゃあほかの部屋は?」
「ほかの部屋にそういう名前はないけど、私は今イリアさんがいる部屋をパソコン部屋、あっちが寝室、こっちを客室って呼んでるよ」
 ――なるほど、とりあえずあの、ソファがいっぱいあって食事もできそうな部屋をリビングというのか。しかし、
「いったいどこからお金が出ているのかしら……」私は一人用のソファに座った。お気に入りになってしまった。
「うん、それそれ、その話をしようと思ってた」ボスンと音を立てて、アスカもテーブルを挟んで反対側のソファに座った。そういえば、いつのまに部屋着に着替えている。全身深い青――ほんと、普段の印象と全然違う。
「まずはね、もう一度確認なんだけれど、イリアさんがトレジャーハンターの孫だってことは世間的に知られたくない?」
「実は――そこは別にそうでもないのよ。なんたって、子供、孫合わせて概算九百人いるし。でも――一つだけまずいことがあって……」
「お、何かな?」アスカは身を乗り出して耳を向けた。
「……あ、いや、まずそっちの話を聞いてからにする。割と結構重要だから……」今はまだ、九百人いるうち、”神の光”を継承したのが私だけっていう情報は伏せた方がいいに違いない。他の子孫に知られでもしたら、多分面倒なことになる気がする。もしかしたらアスカだって、子孫の可能性があるわけだし。
「なるほど。……ふむ。いいよ! まぁ、もともと私が持ち掛けた側だしね。――とりあえず」
「うん」
「私の両親は、私が中学生の時に蒸発した」
「……ほう」――マジか。じゃあやっぱり……
「あ、でも安心して! 私はトレジャーハンターの孫じゃないよ。多分知ってるんじゃないかな。うちの家族、代々「虎印」って会社やってたんだよね。もう潰れたけど」
「……え、待って聞いたことあるわ。なんだったかしら、なんか不正して炎上騒ぎになったとか……ふふ」
「何笑ってんの! ……でね、会社の資産は没収だったんだけれど、……ここだけの話、埋蔵金があってね……スレスレのやつ。親が蒸発したときに、マイクロチップが残されてて、みたら時価総額四十億円」
「え……」家計時価総額四十円の私と桁が違う。
「今はちょっと使ったから三十九億円だけど。と、そういうわけで、こういうところに住んでも、まあへのかっぱなんだよね」
 ――スケールが違いすぎる。意味が分からない。大体何なんだ、億って。まとめサイトでしか見たことがないよ、そんな数字。はあ、億万長者怖い……ん? あれでも、
「じゃあそうしたら、なおさらお金なんかいらないのではないかしら?」
「何言ってんの、三十九億円なんて、気づいたらすぐなくなっちゃうよ。それにやっぱ大切なものはお金だと思う」
「ふむ」説得力がある。
「例えばね、実はここ借りるとき、一回断られてるんだよね。両親は不在だし、大学生だし、怪しいじゃん。高級マンションって怪しい人には貸さないんだよね。支払い能力なさそうって、まあ、当たり前か。でも、口座見せたら一発よ! もちろん、お金の出どころは調べられているだろうけれど、なんたってただの埋蔵金だからね。見かけは。――というわけで身分はお金で解決しちゃいました~! って話」
「はあ、なるほどね……」なんかもうよく分からない。
「それに、イリアさん。君の方がやばいよ。イリアさんのおじいさんは、それこそ四十億円なんか掃いて捨てるくらいの発見を幾度となくやってんだから。その孫になろうなんて、四十億あったって無理!」
「……しかも、実は私、祖父の神の光の、唯一の継承者なのよね……」
「え――!?」驚いた様子で、アスカは叫んだ。

 アスカは、しばらくの間固まっていた。ただひたすらダージリンティーを舌で転がしている。あの、マキャベリアンぶりっ子モンスターが珍しく動揺しているようだ。そんなに驚くことだろうか? 窓の外にはまん丸の月がぽっかりと浮かんでいた。ここが十七階だということを久々に思い出した。少し目線を下げれば、無数のビルがちかちかと電気を瞬かせている。こいつらみんな金持ちなんだなあと思うと、少しイライラする。
 少しして、ようやく我に返った様子でアスカが口を開いた。
「なんで貧乏暮らししてるの?」
「なんでって……ああ、実は私は生まれたときから父母がいないんだよね。気が付いたら児童養護施設にいた。出生とかも分かんなかったらしい。イリアって名前だって、フランス語で「そこにいた(il y a)」だからね。本当に、そこにいたって感じで施設にいたらしい」
「そうだったんだ……」
「いや、別に悲しくなんかないけれどね。私は里親制度とか、そういうのを使うこともなく18歳で卒業して、奇跡的に国立大学に受かったから通ってるって感じ。だから今貧乏なんだけれど、むしろ恵まれていたわ。――で」私は、ごくりとダージリンティーを飲み干す。「大学入学の年のある日、夢でトレジャーハンターに呼ばれたのよ。そのときは祖父だって知らなかったんだけれど、呼ばれたのが墓で、私、ユグドラやっていたからお墓見たくって考えなしに赴いたのよね。そうしたら、死に際の彼がいた。「おお、イリア、わしの孫よ」って。今考えれば、名乗ってないのに何で名前を知っていたのかしら」
「さすが”神の光”だね……」アスカは顎に手を当てて思案していた。「それで?」
「お前に託したいものがあるとかなんとか言って、私に神の光をぶっ放した。それでおしまい」
「え?」アスカが再び目を丸くする。「おしまいってどういうこと? それ以外なんもなかったの?」
「なかったんだよね、ほんと、全然。あなたに話しかけられるまでは、忘れかけていたくらい。いいなあ、私にも埋蔵金とか残していってくれたらよかったのに」
「絶対何かあるわ」アスカはきっぱりと言った。「ないわけないでしょ。夢の通りに、墓に行ったら隠居中のトレジャーハンターとご対面したわけでしょ。あるわ、これは絶対ある。”神の光”は確実に効力があるわけだし」
「っていってもね……手掛かりは夢くらいだし……」
「墓いけないの? 墓」アスカは言った。「祖父が死んだっていう墓に行けば何かわかるんじゃ?」
「確かに……」

 ぶっちゃけ……盲点だった。

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